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田村美由紀『口述筆記する文学』#1

書くことの困難さを抱える作家と代筆者の関わりに着眼

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写真:YokohamaMarino

「博論本」とは、博士論文を書籍化したもののこと。連載「『博論本』を聴く」では、人文ライターの斎藤哲也さんが、刺激的な博論本の著者インタビューを通じて、その面白さを読み解きながら、研究の一端を紹介していく。

第2回目となる今回ご登場いただくのは、『口述筆記する文学――書くことの代行とジェンダー』を記した田村美由紀さん。谷崎潤一郎をはじめ、身体的な理由等によって書くことが困難となったのちに、口述筆記により創作活動を続けてきた作家たちがいる。田村さんは、こうした作家の傍らで筆記を担ってきた(主に)女性たちに焦点を当てながら、口述筆記の現場から浮かび上がるジェンダーの問題、ケアの視点について考察してきた。ただ意外にも、口述筆記の研究に行き着くまでには紆余曲折あったのだという。

(#2はこちら)

Contents

    心理カウンセラー志望から文学研究へ

    斎藤哲也 田村さんの博論本『口述筆記する文学』は、書名が示すように、文学のなかの「口述筆記」がテーマになっています。その話に入る前に、田村さんが文学研究に足を踏み入れるまでの経緯をお聞きしたいと思います。大学入学前から、文学への関心は高かったんでしょうか。

    田村美由紀 本を読むのは小さい頃から好きでした。でも、岩波文庫を全部読破する文学少女みたいな感じでは全然なくて、興味にまかせて読んでいたという程度です。じつは高校時代は心理カウンセラーになりたかったんです。でも先生に相談したら、臨床心理士の資格を取るには大学院まで行かないといけないと言われて。当時は4年で就職したいと思っていたので、心理カウンセラーは諦めました。結局、それ以上に大学にいることになってしまったんですが(笑)。

    かといって、特に日本文学に強い思い入れがあったわけでもないんですね。しいて言えば、高校時代は古典文学が好きでした。私が通っていた高校はカリキュラムで単位制を採用していたので、特に高校3年生になると自分で関心のある教科を選んで履修できる枠があったんです。それで、古典の授業を比較的多く取っていた記憶があります。

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    田村美由紀さん

    斎藤 古典文学というと?

    田村 昔の人の生活や文化は、今とは違って面白いなと思って、『源氏物語』などの物語文学を読んでいました。

    斎藤 近代文学を専攻したのは大学に入学してからなんですか。

    田村 私が入学した奈良女子大学では、1回生のときは「文学部」という大きな枠で入学し、学科には分かれないんです。1回生の間は、心理学や歴史学など、いろいろな分野の授業を自由に受講しました。2回生のときに「言語文化学科」という、文学や言語学を学ぶ学科に進んだんです。

    言語文化学科では、古典文学や近代文学、日本語学などの講義を幅広く受けていました。当初は、日本語学の方が面白いと感じていたので、卒論のためのゼミもそっちに進もうと思っていたんです。でも、そのゼミがとても人気で、人数が多くて入れなかったのか、自分で諦めたのか、ちょっと記憶が曖昧ですが、結局日本語学のゼミには入らずに、近代文学のゼミに入りました。

    就活の波を避けて大学院へ

    斎藤 ようやく近代文学に入門しました(笑)。

    田村 フラフラしてますよね。でも3回生から専門的な勉強を始めると、文学の面白さに徐々に気づき始めました。特に高校の国語の授業とは読み方がまったく違っていて、新しい発見がたくさんあって面白いなと思うようになりました。

    高校までは、「作者が何を伝えたかったのか」という作者ありきで作品を読むけれど、大学では、テクスト論といってテクストの言葉を緻密に読み解いていく方法を学びました。それがとても新鮮で興味が湧いたんです。

    斎藤 卒業論文はどういう内容だったんですか。

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    斎藤哲也さん

    田村 谷崎潤一郎の『卍(まんじ)』という作品について書きました。その中で、登場人物たちが手紙や電話など、さまざまなメディアを使ってやり取りするシーンがあります。特に電話は当時、比較的新しいメディアで、昭和初期の時代背景も反映されているので、電話というメディアが物語の中でどのように機能しているかについて考察しました。

    斎藤 谷崎潤一郎を選んだのは、どういう理由からですか。

    田村 文学研究の基礎的な理論を踏まえて、谷崎の作品を読むという授業があって、そこで物語の舞台である都市空間のありようとテクストの表現との関連性を分析する方法を学びました。その授業がとても面白くて、谷崎に興味を持ったんです。卒論のテーマも、もともとはその授業のレポートでメディアに関することを書いたのですが、書き足りないなと思ったので、それを卒論にしようと。

    斎藤 高校時代には大学院に行きたくなかったのに、結局、修士に進んだ理由をお聞かせください(笑)。

    田村 大学でゼミに参加して、自分で調べたり発表したり、フィードバックをもらったりするのが面白かったというのもありますが、じつは、あまり堂々と言えない理由もあります。就職活動が自分に合わないと感じ始めて、就活から逃げるような感じで、とりあえず修士課程に進もうと。だから研究者になろうという高い志があったわけではなく、単に就活の波に乗れなかったために、大学院に進むことにしたというのが正直なところです。

    斎藤 修士論文も同じく谷崎ですよね。

    田村 はい。谷崎潤一郎の晩年の作品である『夢の浮橋』を扱いました。この作品は、谷崎が初めて口述筆記で書いた小説ですが、修論では最後に事実として触れるだけで、主題として扱ってはいません。当時は、書簡体小説や日記体小説、手記体小説といった小説の体裁に興味を持っていたんです。『夢の浮橋』は、登場人物が書いた手記という形式を取っていて、修士論文でも、その手記体小説という形式が持つ意味について考察しました。

    「君はデリダにはなれない」と言われて

    斎藤 博士の後期課程から総合研究大学院大学の国際日本研究専攻に移っていますが、これはどういう経緯で?

    田村 卒論と修論でお世話になった奈良女の先生の専門は、近世から近代にかけての書誌学や出版史なんですね。やっぱり博士論文を書くとなると、私の関心のある分野に近い先生のもとで研究を進めたほうがいいんじゃないかと。それで奈良女でそのまま後期に進むんじゃなくて、別の大学院も検討することにしたんです。指導していただいた先生からもそのようなアドバイスを受けたと思います。

    じゃあどうしようかと考えていたときに、たまたま日本近代文学・文化史の分野で活躍されていた坪井秀人先生[★01]★01が、名古屋大学から京都にある国際日本文化研究センター(以下、日文研)に移られることを知ったんです。日文研は、総合研究大学院大学の国際日本研究専攻を設置しているので、そこに進んで坪井先生の指導を受けようと思いました。

    斎藤 無事合格して、総合研究大学院大学に進まれたんですよね。でも、まだこの段階では、口述筆記はテーマになってないんですか。

    田村 そうですね。博士課程に入った初期の頃は、口述筆記についてはまったく取り組んでいなくて、修士論文のテーマを引き継ぐ形で、もう少し深く掘り下げていこうと考えていました。修士論文で扱った問題を博士論文でも引き継いで研究するケースが一般的だし、私も最初はそのつもりだったんです。だから博士課程に進む際に提出する研究計画を書いたときも、小説の形式論に関する研究を進めようと思っていました。

    ただ、その頃からおぼろげながら「書く」という行為について関心を持つようになったんです。手記体小説も登場人物が書いているという形式ですし。だけど最初に、いろんな先生の前で博論の構想を発表した時にはすごいボコボコにされて、場を炎上させてしまいました(笑)。毎年、一人ぐらい炎上させる人が出てくるみたいなんですけど、その年は私だったようです。

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    斎藤 なぜそんなに炎上しちゃったんですか。

    田村 今から振り返ると、自分でもボロボロだったなと思います。理論的なことをかなり強調して、小説の形式的な特徴や登場人物が小説内で何かを書くという具体的な振る舞いから、抽象的なレベルで「書く」という行為に向かう欲望の問題を考察するといった趣旨のことを話しました。

    でも、ベテランの先生方からすると、博士1年目の学生がそんな漠然としたテーマに取り組むのは見通しが甘いといった感じで、大風呂敷を広げすぎていると集中砲火を受けました。

    どちらかというと、日文研は資料を用いた研究のほうが好まれるところがあって、たとえば「ここにこれまで分析されていなかった一次資料があります。そこでこの資料群を使ってこういうことをやります」といったアプローチで研究を進める院生が比較的多かったように思います。

    今でも覚えているんですけど、発表の時に「君はデリダにはなれない」って言われたんですよ(笑)。私は別にジャック・デリダ[★02]★02になろうと思っていたわけじゃありませんが、フランスの現代思想や、理論的なことをちょっと囓っただけで抽象的な問いに偏りすぎていると、生意気に思われていたのかもしれません。

    ただ、坪井先生は指導教員だから、立場上その場ではあまり発言できなかったんですね。その後、坪井先生と話したら「自分がやりたいようにやればいい。他の先生に何か言われても言わせておけばいい」というアドバイスをもらったんですけど、もう少し地に足をつけて「書くこと」を考える必要があるとは感じて。でも、そこからもめげずに、2年目くらいまで形式論的なことをやろうと迷走してました。

    ジェンダーへの興味と口述筆記の発見

    斎藤 何か転機はあったんですか。

    田村 劇的な転機があったわけじゃないんですが、2年目の途中から、小説の形式論よりもジェンダーの問題に関心が向き始めたんです。

    奈良女は女子大ということもあって、ジェンダー系の授業が豊富にあったので、そういった授業を取って面白いと思っていました。ただ、その時は自分の研究テーマの中心に据えるというより、単に興味を持って勉強していた感じでした。でも、ゼミや読書会で理論書を読んでいくうちに、自分はジェンダーやセクシュアリティの問題にとても強い関心を持っているのかもしれないと思うようになりました。

    ただ、正直なところ、研究の進め方は飛び石のようで、あまり順調に進んでいなかったんです。具体的に博士論文の構成を考えなければならなくなった時には、谷崎潤一郎以外の作家についても書いたりしていました。ジェンダーやセクシュアリティに関心を向けつつも、迷走する期間はけっこう続きました。

    そんな中で、修士論文で扱った『夢の浮橋』についても博士論文に入れたいと思ってましたが、修論の延長というかたちでは難しいと感じていました。それでどうしようかと思案していたときに思い出したのが、修士論文の中で少しだけ触れた「谷崎が口述筆記で書いた」という点でした。このテーマに焦点を当ててみたらどうか。ちょうどそれは自分が関心を持っていたジェンダーの視点とも結びつけられるかもしれないと思って。

    斎藤 とすると、かなり切羽詰まったところで口述筆記というテーマを発見したという感じですか。

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    田村 そうですね。2015年に博士に進みましたが、谷崎の口述筆記について最初に日本近代文学会という学会で発表したのは2019年の秋ですから、もう5年目です。それまでは論文を書いても、査読で落とされることが多くて、研究がうまく進まなかったんです。2019年になって、ようやく博士論文の全体像が見え始めて、本の一番核となる部分にたどり着いたという感じです。

    斎藤 かなり迷走期間が長かったんですね。メンタルは大丈夫だったんですか。

    田村 幸いなことに、私はメンタルは強いらしく、良くも悪くもあまり焦っていませんでした。博士論文で精神的にしんどくなるのは普通にあると思いますが、のんびり屋ということもあって、迷走はしていたものの、そこまで精神的に追い詰められることはなかったんです。

    博論から博論本へ

    斎藤 2019年の学会発表のタイトルは「〈書く機械〉となること──口述筆記創作のジェンダー構成をめぐって」ですね。ここではどのような発表をされたんですか。

    田村 谷崎の口述筆記創作がテーマですが、このときは谷崎の筆記者を務めた伊吹和子さん[★03]★03が書かれた『われよりほかに――谷崎潤一郎 最後の十二年』という回想記に出てくる「〈書く機械〉になる」という記述を糸口にした分析に軸足を置きました。『口述筆記する文学』でいえば、第1章、2章の原型となるような内容ですね。

    斎藤 2019年あたりから博論の執筆も本格始動ですか。

    田村 もうその時は博論をある程度書いてなきゃいけないタイミングだったので、口述筆記だけでなく、それまでに書いた論文も生かすような形で博論を組み立てる必要がありました。なので、博論の中で口述筆記を取り上げているのは一部で、全体を貫くテーマにはなっていないんですね。

    博論は「ディスアビリティ」と「ジェンダー」という二つの概念を立てて、それに関わる性の問題と身体の問題、書くことの問題をつなげて考えてみるというかたちで、無理矢理まとめたところがあります。

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    斎藤 博論を出したのは……

    田村 2020年11月です。

    斎藤 口述筆記の発表からほとんど1年じゃないですか!

    田村 2020年がコロナの影響で、在宅で作業する期間が長くなったので、そのおかげで集中して執筆を進められた部分もありました。

    斎藤 たしかに口述筆記は、ディスアビリティとジェンダーが交錯した問題を形づくってますね。やはり博論の一部分とはいえ、口述筆記というテーマを探り当てたことが突破口になったんでしょうか。

    田村 まさに突破口ですね。それがなかったら、多分、本も出てないと思います。

    斎藤 書籍化はどういうふうに進んでいったんですか。

    田村 博論はパッチワーク的な構成になってしまっているので、書籍化するのはすごく大変だと思ってたんですよね。だから博士論文を提出しても、すぐに本にしたいという気持ちはまったくなく、そこもかなりのんびりしていました。いまでは、若手研究者なら早く単著を出して就職につなげるのが理想的なキャリアだと思うんですけど、私の場合は「このままでは絶対に本にはできない」と感じていたから、大手術しないといけないと思っていたんです。

    ところが2021年1月に博士論文の審査が終わった直後に、坪井先生から「本のことをすぐに考えないといけないから、企画書というか、自分の本をどうしたいのかを書きなさい」と言われたんです。

    審査が終わったばかりで、少し一息つけるかなと思っていたので、そのスピード感にびっくりしました。でも先生は、のんびりしていたら絶対にやらないことになるから、すぐに取りかかりなさい、という調子で。

    斎藤 すぐに企画書を書いたんですか。

    田村 はい。翌月には、簡単に本の構成を考えました。その時、自分でも博士論文のままでは本にはならないと思っていたので、「この本の軸になるのはやはり口述筆記だ」と考え、それを中心に据えた本にしようと決めて、出版社の方に見ていただきました。そこで出した章構成は博論本の構成に近いものになっています。

    (#2へつづく)

    ★01 坪井秀人 1959年名古屋市生まれ。金沢美術工芸大学美術工芸学部助教授、名古屋大学大学院文学研究科教授、国際日本文化研究センター研究部教授等を経て、現在は早稲田大学文学学術院教授、名古屋大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授、文学博士。専攻は日本近代文学・文化史。著書に『声の祝祭――日本近代詩と戦争』(名古屋大学出版会、1997年)、『感覚の近代――声・身体・表象』(名古屋大学出版会、2006年)など多数。 ★02 ジャック・デリダ(1930-2004) フランス領アルジェリア出身の哲学者。脱構築の提唱者として知られ、西洋哲学の伝統的な概念や二項対立を批判的に分析した。彼の思想は、文学、政治学をはじめ、幅広い分野に影響を与え、現代思想における重要な位置を占めている。主な著書に『グラマトロジーについて』『声と現象』『エクリチュールと差異』など。 ★03 伊吹和子(1929-2015) エッセイスト、編集者。京都大学文学部国語学国文学研究室勤務を経て1953年、谷崎潤一郎『潤一郎新訳源氏物語』の原稿口述筆記を担当、引き続き中央公論社に入社し、その後中央公論社の社員となった伊吹は全篇口述筆記による最初の創作となった『夢の浮橋』(1959年)以降、ほとんどの作品で谷崎の口述筆記を担当した。『われよりほかに――谷崎潤一郎最後の十二年』(講談社、1994年)で第42回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。

    田村美由紀たむら・みゆき
    1990年、奈良県生まれ。2015年、奈良女子大学大学院人間文化研究科博士前期課程修了。2021年、総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程修了。国際日本文化研究センターを経て、現在、神戸女学院大学専任講師。主な論文に「完結する物語、完結しない声――崎山多美「ピンギヒラ坂夜行」から考える」(坪井秀人編『戦後日本の傷跡』臨川書店、2022)、著書に『口述筆記する文学――書くことの代行とジェンダー』(名古屋大学出版会、2023)がある。
    斎藤哲也さいとう・てつや
    1971年生まれ。人文ライターとして人文思想系、社会科学系の編集・取材・構成を数多く手がける。編著・著書に『哲学史入門Ⅰ~Ⅲ』(NHK出版、2024年)、『試験に出る哲学――「センター試験」で西洋思想に入門する』(NHK出版、2018年)、『読解 評論文キーワード 改訂版』(筑摩書房、2020年)など。編集・構成に『哲学用語図鑑』(田中正人著、プレジデント社、2015年)、『ものがわかるということ』(養老孟司著、祥伝社、2023年)ほか多数。

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