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解説4 〈ダイバース・デモクラシー〉の可能性
デジタル直接民主主義とユニバーサル・ベーシック・インカム

- ラウリンとエゴン・ハンフシュテングルによるフード・イベントの写真(7月13日告知ページより)。黒板にはラウリンの文字で、「嘘をつくな、盗むな、殺すな/穀物、野菜、豆」とある。©Eric Giraudet de Boudemange
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Contents
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インタビューのこれまで
ラウリン・ウェイヤースらによるオードリー・タンのインタビューでは、前半においてソーシャル・テクノロジーとしての民主主義、デジタル直接民主主義(連載第1回)、民主主義のコンピテンシーを中心にすえた教育改革や社会保障、プライバシー保護、熟議テクノロジー、ビッグ・テックとデジタル経済の再構築(第2回)など、とりわけデジタル技術を駆使した思考と実践が語られた。
後半に入ると、データ利他主義、デジタルとリアルのハイブリッドの可能性、共同創造という自身が推進する動き、そしてこれらを稼働させるに至った個人的な経験が語られた(第3回)。そこではオードリーが直接民主主義をスピリチュアルな意味での道教と関連づけ、「保守的アナキズム」という一見矛盾に見えながら新旧が共存しうる、二項対立を超えるビジョンを性別、政治的立場などあらゆる側面で実践していることが明らかにされた。「民主主義とは協調的多様性」というオードリーの言葉は、幾度も困難に直面しながら獲得された、自身が生きそして人々とともに生き延びていくための渾身の術でありメッセージと言えるだろう。
社会彫刻、デジタル民主主義、非人間も含めた民主主義
今回は、インタビューの終盤として、デジタルを通して社会だけなく自然環境と新たに関係を築いていくことの重要性が、アバターを通して川に語らせるプロジェクトを例に紹介された。そして締めくくりとしてラウリンが、民主主義はすべての人に等しい価値を与える、だからこそボイスの「拡張された芸術概念」と直接民主主義が相性がよいこと、「すべての人が芸術家」であることが「社会彫刻」[★01]★01であるという提起がなされた。オードリーはそれに同意し、「社会彫刻は私たち自身であるからこそ長く続く芸術であり、私たちの内面に存在している」と述べている。そこからデジタルを取り入れたベーシック・インカムの可能性としてのプルーラルマネー、原住民の言語を含むAI対話エンジンの開発が言及されたが、いずれもユーザーやコミュニティ主体の民主的なシステムである。
最後に筆者が送信したコメントをオードリーが読み上げてくれた[★02]★02。主旨は「民主主義では人間が対象とされ、また国家が前提となっているが、現代においては人間以外の存在も含めた民主主義を想定する必要があるように思う、それについての考えをうかがえれば」というものである。オードリーは同感と述べ、そのうえで第一にデジタル技術が気候危機を認識するために重要であること、第二に意味のあるインパクトつまり社会に影響を与えることが重要だと答えてくれた。
ラウリンより:2024年7月13日の新たな展開
オードリーとのインタビューの連載を締めくくるにあたって、ラウリンにその後の展開を確認した。すると以下のようなコメントが7月7日にメールで届いた。
「オードリーは彼女が関わるデジタル庁を「複数性」において捉えていました」[★03]★03
続けてラウリンは、7月13日にレーワルデンのアートスペース VHDGで、アートと民主主義をテーマに「競争から共感へ」と題し、彼女とパートナーのエゴン・ハンフシュテングルが企画し開催される会合について言及した[★04]★04。本インタビューに触発されたVHDGのアーティスティックディレクター、コーエン・バルティンの招聘によるもので、ボイスが述べていた「恒久的な対話」[★05]★05を、3人の革新的なアーティストや思想家、アーティスト・コレクティブとともに試みるという。
「彼らは、それぞれの分野でユニークな実践を行い、生活と仕事、教育、アートそして広く社会における新たなあり方を創造してきた人々です。民主主義は与えられるものではなく、私たちが日々実践し、維持し革新し続けるもの。つまり政治家に依存するものではなく、すべての市民によるものです。今回のイベントは、ともに料理し、対話し食べながら、明日の民主主義を培っていく「社会彫刻」であるのです」、とラウリンは記している。
ラウリンは1968年以来、ヨーゼフ・ボイスの言葉を胸に活動してきた。1990年9月に5日間のシンポジウム「Art meets Science and Spirituality in a changing Economy(AmSSE)」[★06]★06を中心となって実現し、2018年にフェルウェルトで開催した「100 days Joseph Beuys」では、ボイスをよく知る人々を招き100日間にわたって対話を展開[★07]★07、トピックはボイスの直接民主主義、ユニバーサル・ベーシック・インカム、拡張された芸術概念や創造力としての資本など多岐にわたったという。
2023年9月29日にオードリーと行われた本インタビュー「デジタル直接民主主義とユニバーサル・ベーシック・インカム」が、その発展形であることは言うまでもない。そして7月13日の会合は、そこから生まれた新たなステップとなる。
「オードリーはデジタルツールを使い、「複数的な民主主義」を実現しようと活動しています。人々のコレクティブな行動を可能にする新たな民主的なシステム(差異や分極化を超えて)。このシステムは市民が集まり、決定し、「共感、相互のケア、信頼」に基づいた生活をめざしているのです」(ラウリン・ウェイヤース)
「共感、相互のケア、信頼」、ラウリンがあげたこの言葉は、前回の解説3で紹介した、筆者が先日企画実施したプロジェクト「混沌に愛/遭い!」[★08]★08の根幹とも通じている。
「多様な民主主義(Diverse-democracy)」の可能性
デジタル民主主義を人々が自律的に実践し、創造的に生き、それらを共有していくための場を、オードリーは開いてきた。そこでは人々は、デジタルやアナログを通じて、信頼によってつながっていける。人々が相互の違いを認めながら、そのうえで協調していくこと。アナログ/デジタルや新/旧の叡智など、さまざまな要素を二項対立から解き放つこと。そこから民主主義が育っていく。生きることは、容易ではない。私たちは常に潜在的・顕在的なさまざまな問題に囲まれており、不確定かつ不安定な世界にいる。グローバルマネーが全世界を覆い、貧富の格差が開き、戦争が継続する現在において、民主主義やユニバーサル・ベーシック・インカムは、人がいのちそして存在を保証され人間らしく生きる最低限の権利として追求されている。人々そして社会全体をケアし、サステナブルに循環させていく可能性として。
そのうえで、本インタビューの最後で筆者が提起したいのは、非人間を含める民主主義の可能性である。
オードリーが川に語らせるプロジェクトを実践しているように、私たちは人間中心主義的な開発や民主主義だけでなく、自らがその一部である地球環境も含めた世界を含めた民主主義について語り、実践をしていく時代にいる。人間以外のさまざまな存在の声を聴き、彼らと対話を始めること。デジタル技術の援用によって、それが可能になりつつある。そのうえで、デジタルだけでなく実際の生の知覚を研ぎ澄まして自然と接し、その只中に分け入っていくこと。ここでも二項対立的な方法からの解放が重要となっている。
現在流通する世界観は、そもそも西洋近代以降に白人男性を前提として形成されたものであり、観察者/対象、支配者と被支配者をはじめ、二項の設定自体にデフォルトとして非対称性が潜んでいる。それはまた、「二項」へと分岐させるまなざしにおける偏向性をそもそも含んでいる。今まさにそ「二項」の設定要因自体を問うこと、世界を「対立」的なものと捉える世界観そのものの成立を問うことから、私たちは始めなければならない。
オードリーが道教やアナキズムから民主主義を捉えているように、西洋と東洋の叡智を「恒久的対話」に開くことが、まさに現在必要とされている。そして日本という、東アジアに位置しながら、ここ150年あまり拙速に西洋近代を受容しながらもその根幹を理解することがおよばない風土に住む私たち特有の立場から、東西をつなぐことができるのではないか。とはいえ近代民主主義が根づいていないこの国において、いかにデジタル・ネットワーク時代の民主主義へと向かいうるのだろうか。
現在社会で把握されている「民主主義」の概念は、とりわけフランス革命の理念「自由・平等・友愛」に基づいている。しかしこれら3要素は、それぞれの可能性を追求すると相互矛盾をきたしてしまう。ルドルフ・シュタイナーはそれに対して、社会三層化論において「精神生活における自由・法律上の平等・経済における友愛」を掲げたが、その潮流がボイスそしてラウリンに流れている。オードリーは、道教(非西洋)やアナキズム(反西洋近代)的な側面から民主主義を捉え、現代のデジタル技術を活用することで、東西をつなぐデジタル直接民主主義を推進する。
本インタビューはその意味で、ラウリンそしてオードリーらの実践、それぞれにとっての「民主主義」の共通点と差異を知り、そのうえで私たちが日本において自らの立ち位置——地勢・自然・精神・歴史・文化的特性——に対峙しながら、この地ならではの民主主義を再検討し生み出していくための契機を示唆している。それはまた人間以外の存在との関係や連携も含む民主主義を開く可能性を持ち、育ち始めたなら世界に向けて発信する意味をもつだろう。それは各地域に根差してきた「多様な民主主義」のあり方を、デジタルが普及した現代に再発見し、新たな形で開くことになるだろう。
近年、デヴィッド・グレーバーとデヴィッド・ウェングロウの『万物の黎明』に代表されるような、現代の科学技術の進展によって更新された考古学や環境学などの成果をもとにした、これまでの歴史の再解釈が行われている。そこでは歴史が、定住し所有し、他地域を征服する文明によって記述されてきたこと、そこに横たわる暴力性や非対称性からあらためて検証されている。現行の形以外の民主主義(例えば首長が不在の場合など)や社会(変わり者、女性、アーティスト、障害者らが重視され活躍するなど)が発見されても、欧米中心的に築かれた既存の学説や慣習に引きずられ、例外に向き合おうとせず無視する場合も、人間の習性として指摘されている。
本インタビューを経て、筆者は「多様な民主主義(多民主主義?)」(ありえた、そしてこれからありうる)という言葉を構想し、その可能性に目を向けるようになった。民主主義を、デジタルを通して多様な人々が参加でき、対話に開く場とすることに加え、民主主義自体が多様でありうることを強く感じたためである。それぞれの地域に生きる人々が、対面そしてデジタルを通じて相互に関係し合う、そのダイナミックなプロセスの中で育まれる、自然や精神、文化に根ざした多様で動的な民主主義のあり方。今回感じたその芽吹きから、日々の生活を通して思考し実践していくことが筆者の新たな課題となりつつある。
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4回にわたって掲載されたオードリーのインタビューと筆者の解説は今回で終了しますが、お読みいただいたそれぞれの方にとって新たな民主主義への芽吹きがあったなら幸いです。
―四方幸子
オードリーとの対話【全4回】/解説 四方幸子
#1 対話の経緯について
#2 デジタル民主主義の新たな地平へ
#3 オードリーの軌跡と「PLURALITY」の未来
#4 〈ダイバース・デモクラシー〉の可能性
★01 いずれもボイスの言葉。 ★02 筆者は聴講枠ながら、コーディネーターとしてコメント可能な設定にしていただいていた。最後に声がかかった時、システムの問題か音声で発言ができなかったため、チャットに入力。 ★03 ラウリンは、続けて以下のオードリーの言葉を引用している(インタビュー第1回収録の言葉より):「「複数」とは一つ以上のものを指します。ハンナ・アーレントが『人間の条件』で見事に論じたように、人間の条件を理解するにあたっては、人々を単なる個人や個人の集合体としてではなく、「複数性」という概念を通じて捉えるべきです。複数性とは、多様な個人が共通の知識やアイデンティティを共有し、協力しあいながら連帯する状態を指します」(オードリー・タン) ★04 “Art & Democracy - From Competition to Compassion”, an event by VHDG in collaboration with Louwrien Wijers and Egon Hanfstingl, as part of the exhibition Gemeentegoed. Saturday 13 July 13:00 - 19:00 at Podium Explore, Leeuwarden. With contributions by Jeroen Lutters, Emanuele Braga, Lara Khaldi, and Pink Pony Express. https://www.vhdg.nl/en/programma/public-program-gemeentegoed-art-democracy/ ★05 ボイスは1980年代初頭より、西洋と東洋をつなぐ恒久的な対話をダライ・ラマに呼びかけていた。 ★06 ラウリンは、本シンポジウムの根幹に「競争(コンペティション)ではなく共感(コンパッション)」があると述べているが、それが7月13日のテーマとなっている。 ★07 かつてボイスがドイツ・カッセルの国際美術展ドクメンタ5(1972)とドクメンタ6(1977)で100日間の会期中展開した作品としての社会彫刻の実践が念頭にある。前者は《国民投票による直接民主制のための組織オフィス》、後者は《ハニーポンプ》(ボイスが主宰する自由国際大学の枠で、100日間にわたり対話を展開)。 ★08 「混沌に愛/遭い!——ヨーロッパと東京をつなぐサウンド、メディアアート、ケアの探求」 2024年5月30日(木)・6月1日(土)・2日(日)シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT] https://distance.media/files/article/20240619000237.pdf 本イベントについては第3回解説で詳細をレポートしている。

- 四方幸子しかた・ゆきこ
- キュレーター・批評家。美術評論家連盟会長。「対話と創造の森」アーティスティックディレクター。多摩美術大学・東京造形大学客員教授、武蔵野美術大学・情報科学芸術大学院大学(IAMAS)・京都芸術大学非常勤講師。「情報フロー」というアプローチから諸領域を横断する活動を展開。1980年代よりアートについて執筆を開始、1990年代よりキヤノン・アートラボ、森美術館、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸員を歴任。並行し、インディペンデントで先進的な展覧会やプロジェクトを多く実現。近年のプロジェクトにトークシリーズ「諏訪・八ヶ岳を掘り下げる」(2023)、大小島真木、辻陽介映像作品『千鹿頭 CHIKATO』(2023)、「エナジー・イン・ルーラル(EIR)」(リミナリア+国際芸術センター青森、2021-2023)など。国内外の審査員を歴任。著書『エコゾフィック・アート——自然・精神・社会をつなぐアート論』(2023、フィルムアート社)。共著多数。 写真:新津保建秀