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オードリー・タンとの対話#4 ダイバース・デモクラシー、複数性の民主主義へ
デジタル直接民主主義とユニバーサル・ベーシックインカム

- コーディネート:四方幸子
翻訳:Art Translators Collective(田村かのこ、上竹真菜美)
2023年9月末に行われた、オードリー・タンとオランダ各界の識者16人によるオンライン・インタビュー。最終回になる今回は、「支援技術」としてのテクノロジー、データセンターと環境の問題、「川が語る」プロジェクト、「社会彫刻」としての直接民主主義、そして気候変動に対する国際協力におけるデジタル技術の有効性について。(全4回のリストはこちら)
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Contents
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2万人の民主主義を支援する: まず小さな規模で
ラウリン・ウェイヤース あるインタビューで、オードリーさんはこのようなことを言っていましたね。「リモートで働くというのは、人と直接会わないということではありません。むしろ、お互いに話をするときの空間や境界を超越できるということなのです」と。
オードリー・タン ええ、今もそうですよね。また、リモートワークとは、人々がいる場所に直接出向いて会えるということでもあります。私はどこにいても大臣として仕事ができます。だから、この数か月間は毎週平均して週に2日、台湾南部の台南に滞在し、地元の人々と交流しています。もし遠隔で仕事ができなかったら、皆さんに台北まで来てもらわなければなりません。それは時間的にも不公平ですよね。私に1時間会うだけのために、丸1日かけて移動しなければならないのですから。でも、リモートワークのおかげで、台湾のあらゆる場所に中央政府の注意を向けることができ、さらに海外出張の際にも、台湾を越えてさまざまな場所と関わることができるのです。
ラウリン つまり、一石二鳥ということですね。
オードリー そのとおりです。
ラウリン いまや世界中の人々が自宅でインターネットに接続しています。グローバルな民主主義的アプローチが適切な解決策だと信じてよいのでしょうか? 私たちは力を合わせて未来を解放していくことができるのでしょうか? そのためには、どのように人々を巻き込んでいけばよいのでしょうか?
オードリー そうですね。まずは小さな規模から始めることが大切だと思います。場所にかかわらず、100人程度の人々が、自分たちの決断をコントロールするのではなくサポートしてくれるデジタルツールの助けを借りて、集団的な意思決定ができるのだと自然に思えることが重要なのです。そうすれば、2万人、さらには100万人、そして世界規模で考えられるようになるでしょう。2010年代に多くの人が犯した初歩的な間違いは、Facebookなどのグローバルなプラットフォームを、自分たちの街の公共広場だと勘違いしてしまったことなのです。
ラウリン そうですね。
オードリー Facebookでは文脈が失われてしまいます。情報が圧縮されていて、一見すると非常に魅力的ですが、利益追求のあまり、共有知識に貢献するよりもはるかに多くのものを消費してしまうことになります。「支援技術」や「支援知能」という言葉がありますが、私のメガネを見てください。これこそまさに「支援技術」ですよね。とても透明性が高いでしょう。もし歪みがあれば、自分で調整できます。近所の人に直してもらうこともできますし、瞬間接着剤の使い方だって学べます。実際、数か月前に自分で直してみました。
つまり、このテクノロジーは、ときどき故障することはあっても、私や同じ部屋にいる人々の尊厳を十分に尊重しています。皆そのことをよく理解しています。でも、もし私のメガネが今のようなものではなく、Facebookが最近発表したような光学カメラつきスマートグラスだったらどうでしょう。このカメラはあらゆる光をとらえてクラウドにアップロードし、Facebookが私の目に合わせて調整して、私に映像を送り返します。そして、私が見ているものすべてをFacebookに見られてしまいます。それだけではありません。Facebookは私を操作して、網膜に直接広告を押しつける方法を知っているのです。そうなると、私は広告に夢中になり、依存し、もうメガネをはずせなくなってしまいます。もし人々がこんなものに依存してしまったら、世界の民主主義は実現不可能です。なぜなら、依存するということは、民主的な思考とかけ離れているからです。
じつは、つい先週、Metaのグローバル・エンゲージメント担当副社長のニック・クレッグに、冗談半分でこの話をしたんです。彼と議論を交わしました。ニックはアテネの世界民主主義フォーラムに出席していて、私の言葉を引用しながら、「アラインメント・アセンブリー」などでの私の取り組みを知った今、Metaが このビジョンを支援できると確信したと言っていました。それで全然構いません。いつも言っているのですが、人は反省すればもっと良くなれるのです。ただ、世界の民主主義について考える前に、まず100人や2万人程度の人々に適した支援技術とはどういうものなのか、現実的なビジョンを持つ必要があることは明らかだと思います。
川のチャットボット:非人間による発言
ヒルデ・ラトゥール サーバーの冷却に飲料水を使っているデータセンターの問題が気になっています。例えばオランダでは、マイクロソフトのデータセンターが冷却のためだけに年間8000万リットル以上もの飲料水を使っています。ニュージーランドの研究者、ヴェーダ・オースティンが、水には意識があり、プログラムできることを示しているのをご存じですか? 台湾はデジタル分野で最も進んだ国の一つだと思いますが、この問題にはどのように取り組まれているのでしょうか。
オードリー これは本当に大きな問題です。データセンターと環境の問題は非常に重要なテーマです。台湾ではガスなどの電力エネルギー源の多くを海外から輸入しているので、電力供給の安定性は間違いなく深刻な問題となっています。マイクロソフトはこの問題を解決するために、まずは小型原子炉、そして最終的には核融合発電に投資していくと言っています。ただし、これはあくまでも彼らの主張であって、私自身の意見ではありません。台湾では原子力に関する住民投票が行われており、最も議論を呼んでいる話題の一つです。そのため、マイクロソフトの提案は台湾にとって特に難しい課題となっているのです。
そういうわけで、ご質問に対する万能な答えはないと思います。この問題については、自然、つまりこの場合は水との関係を可視化し、人々を動かす力にかかっているのです。私たちのチームには、「川にあいさつしよう(Say Hi to the River)」というプロジェクトに取り組んでいるメンバーがいます。彼女がめざしているのは、地域のコミュニティと協力して、川を表現するアバターを作ることです。そうすれば、ニュージーランドのワンガヌイ川やインドのガンジス川のように、川にも一種の法人格が与えられることになり、まるで企業のように取締役会などで川が自らを代表して発言できるようになるのです。
つまり、川がある種の法的な人格を持っているのです。私たちがしようとしているのは、人間だけが川を代表するのではなく、川自身が取締役会に出席する際、データサイエンティストや小学生などの参加者コミュニティのデータソースを統合し、それを正確に反映させた言語モデルや、完全なビデオ会議機能を備えたアバターを作ることです。このアバターが、川の健康状態や精神的な状態、そして川がどのように感じているのかを取締役会の全員に伝えます。要するに、水路で実際に起こっていることをよりリアルに表現しようとしているのです。
これは、スペキュラティブ・デザインやアートが、この二つはいま区別が難しくなっていますが、政治的な意思決定に影響を与える一つの方法であると考えています。水質汚染や原子力エネルギーのように激しい議論を呼ぶテーマを、小学生でも作れるアバターを使ってどのように進めようとしているのか興味のある方は、概要はこちらをご覧ください。
国境を越えたコミュニティ:共有知識と信念
ウーズ・ヴェスターホフ 同じような感じで質問をしてもよろしいでしょうか。オードリーさんは、デジタル社会やデジタル・コミュニティをどのように定義されますか? さきほど、デジタル社会がうまく機能するのは2万人程度までだとおっしゃっていましたよね。でも、それは国境とどのように関係しているのでしょうか? つまり、コミュニティは必ず地理的にまとまっているべきなのでしょうか、それとも別のまとまりでも良いのでしょうか。また、そのような状況下で民主主義はどのように機能するのでしょうか。
オードリー はい、とてもいい質問ですね。
そうですね、私が言いたいのは、コミュニティには共有知識(common knowledge)や共通の信念、共通の目的が必要だということなのです。共有知識というのは、あなたがそれを知っていることを私が知っていて、私がそれを知っていることをあなたも知っている、といった具合にどこまでも続いていく知識のことです。このような共有知識は人々を結びつけ、そのコミュニティを、この共有知識をまだ持っていない世界のほかの人々から区別します。ただし、それは彼らがその知識を持っていないという意味ではありません。単に知識を共有していないだけなのです。信念や意図を共有することについても同様です。私の観察では、コミュニティ内のメンバー同士の共通の友人であれば、新しいメンバーとしてコミュニティに溶け込みやすくなります。
つまり、共通の友人を一人か二人挟めば間接的につながっているような場合です。大規模なコミュニティだと無理だという意味ではありません。もちろん、科学界のように共有知識を持つ大規模なコミュニティも存在し、そこには明らかに2万人以上の人がいます。ただ、私が強調したいのは、地理的につながりのないコミュニティ、つまり主にインターネットでつながっているコミュニティだと、今のテクノロジーではお互いをつなぐ適切な心理モデルを構築するのが非常に難しいということです。しかし、共通の友人を一人か二人挟んでつながっているような状態であれば、この問題を補うためのハイブリッドな方法を生み出すことができます。そうすることで、共通の目的や信念を持ち続けられるようになるのです。
要するに、私がこう信じていて、あなたも同じことを信じている。そして、私はあなたもそう信じていると信じている、といった具合に信念が連鎖していくのです。このような連鎖は、ある程度の規模までは成立可能です。技術が進歩し、プライバシーを保護しつつもっと細かいニュアンスをとらえて、物理的な距離を超えて伝えられるようになれば、オンラインのみのコミュニティでも、友人を3、4人挟んで間接的につながっているような関係性にまで拡張できるようになると私は確信しています。しかし、現時点ではまだそこまでは至っていないのが実情です。
ウーズ つまり、国境を越えたコミュニティを築くには、儀式のようなものや、目に見えるものが必要だということでしょうか。
オードリー そのとおりです。皆が参加する共通の体験があれば、共有知識や共通の信念につながっていきます。2008年から2016年の8年間、私がカリフォルニア のパロアルトの人たちと仕事をしていたときの話ですが、向こうにはゴードン・ビアーシュというレストランがあって、台北にも同じレストランがありました。私たちは同じタイミングでそれぞれのレストランに行ったり、テイクアウトを頼んだりしました。彼らがとても安価なナパバレーの赤ワインを送ってくれたこともあります。いつも飲んでいるやつです。そして、仕事とは別にビデオ会議をセッティングして、同じワインを飲んだり、同じゴードン・ビアーシュの料理を食べたりしました。このような共通の体験が、共有知識や共感を生み出し、コミュニティを維持することにつながるのです。
社会彫刻とデジタル直接民主主義:芸術作品としての社会
ラウリン 私からはこれが最後の質問になります。ほかの方もぜひご質問いただければと思います。民主主義はすべての人に等しい価値を与えます。だからこそ、「拡張された芸術概念」と直接民主主義はとても相性が良いのです。「すべての人間が芸術家である」のは、すべての人が創造性と才能を持っているからです。私たちが実現すべき最も重要な芸術作品は、芸術作品としての社会、つまり社会彫刻だと言えるでしょう。同意していただけますか?
オードリー はい、先ほど私の心臓の状態についてお話ししましたが、まさにそのとおりですね。「人生は短く、芸術は長し(Vita Brevis Ars Longa)」というラテン語の格言があります。社会彫刻は私たち自身であるからこそ長く続く芸術であり、私たちの内面に存在しているのです。ですから、その感覚にはまったく同感です。
ラウリン 素晴らしい洞察ですね。ヨーゼフ・ボイス の言葉をご紹介しました。ほかに何かありますか?
ブリジッタ・スヘープスマ よろしければ、一つ付け加えさせてください。今日、私たちは社会彫刻とボイス、そして彼の社会彫刻に対する思想について話し合いました。私たち全員が社会、つまり社会彫刻に貢献し、責任を持っているという考えです。また、ベーシック・インカムについても話題に上りました。質問もさせていただきましたね。ボイスの考えでは、ベーシック・インカムは人々の創造性を解放するものだとされています。デジタル直接民主主義と組み合わせることで、人々は最低限の生活の心配をせずに済み、自分の才能を自由に発揮し、創造的で協力的になれる。そして、私たち全員で創り上げている社会彫刻に参加できるようになると思うのですが、オードリーさんはどのようにお考えでしょうか。
オードリー そのとおりですね。私たちが話しているのは、民主主義と、社会彫刻への参加という普遍的な部分についてです。最低限の生活を保障することと、収入の問題は、私にとっては別の話なのです。最低限の生活保障は、社会主義の根幹をなす考え方です。台湾の憲法を参照すれば、基本的に最低限の生活は無料で提供されるべきで、お金を払う必要はありません。健康であることへの権利、教育を受ける権利、他者とコミュニケーションをとる権利、民主主義への権利などは、収入によって左右されるべきではありません。そもそもお金を払うべきではないのです。これが最低限の生活保障に関する考え方です。
もちろん、収入について言えば、創造性は継続的な資金の流入によって支えられていると私も信じていますが、ここで「プルーラルマネー」というアイデアをご紹介いたします。「plural money rxc - RadicalxChange」で検索するか、リンクをご覧ください。コミュニティ通貨のような、お金に関する新しい発想が見えてくるはずです。コミュニティ通貨は非常に古くからある概念で、外部の経済主体に簡単に支配されることのない通貨です。コミュニティ内でのみ流通し、外では通用しません。そして、デジタルツールを活用すれば、複数のコミュニティ通貨を簡単に作ることができるのです。
残念ながら、公にコミュニティ通貨を作っている人の大半は詐欺師です。しかし、FTXの事件などを受けて、そういった連中が姿を消し、Web3の分野に残っている人たちのなかには、プルーラルマネーの公共インフラ整備に前向きな人たちがいるのではないかと期待しています。プルーラルマネーの大きなメリットは、ベーシック・インカム から受け取るお金の種類と、人々の貢献度がより密接に結びつくことです。つまり、人々が詐欺に遭ったり、消費者心理につけ込まれて、不要なものを買うよう説得されたりすることなく、ベーシック・インカムを本当に必要なものに使えるようになるのです。その代わり、プルーラルマネーから得たお金ではコカコーラさえ買えませんが。
このようなタイプのベーシック・インカムなら、私自身はもっと楽しめると思います。そしてこの考え方にもとづき配布しているのが、例えば総統杯ハッカソンで使われる投票用のクレジットやトークン、ソウルバウンドトークンなどです。
ブリジッタ ありがとうございます。
「万能翻訳」の可能性:先住民の言語とコミュニティ
ラウリン ほかに質問はありますか?
ヤンネケ・ファン・デル・プッテン(アーティスト) はい。こんにちは、今日はお時間をいただきありがとうございます。ヤンネケと申します。質問なのですが、共通の経験や、台湾の鉄道網がとてもよく整備されていることについてお話しされていましたよね。ですが、先住民 の言語やコミュニティについてはどうなっているのでしょうか。例えば、私たちがZoom会議をするときは共通の言語を使っていますよね。今は英語を話しています。台湾のほかの言語の状況はどうなっているのでしょうか。
オードリー はい、これは台湾にとって大きな問題になっています。ChatGPTに標準中国語(普通話)以外の言語で話しかけようとすると、ChatGPTはそれを理解できずにごまかして、広東語で応答したり、台湾語 で話していると言い張ったりするので、うまくいきません。だから私たちは、独自の言語モデルを国家のインフラとして整備すべきだと考えています。科学技術部が現在開発を進めているのは、信頼できるAI対話エンジンです。これは、エージェント型でも自意識型でも、フロンティア型やAGI型でもなく、台湾の国家語間の翻訳や要約などの日常的なタスクに特化してトレーニングされています。
そして、このような言語モデルができれば、同時通訳やリップシンクさえも可能になります。つまり、声は私の声のまま、唇が動き、原住民の言語を話しているように見えるのです。こういった支援型のインタラクションは、すでにデジタル発展省(数位発展部)が衛生福利部 と連携して、手話を使った試験的な導入を進めているところです。
現在はZoomを使ったオンライン会議などに手話通訳者をお呼びして、実際に会話に参加してもらい、通訳をしてもらっています。ですが、こういったビデオ会議ツールには自動字幕機能もあるので、しばらくすれば、台湾手話と字幕を対応させることができるようになるでしょう。次のステップとして、このようなモデルを鍛えることで、手話通訳者がいないときにアバターが手話をサポートしたり、通訳者が手話ロボットのコーチになったりできるようになります。そうすれば、私たちの日常会話のなかで、手話というもう一つの国家語をサポートすることが可能になるのです。
最終的には「バベルフィッシュ」〔ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』に登場する万能翻訳を可能にする魚〕のような、原住民族の尊厳とその文化を尊重する万能の翻訳機が実現するはずです。何より大切なのは、オープンソースにして、コミュニティ自身が管理できるようにすることです。つまり、原住民の人々が、自分たちで言語モデルの訓練内容を決め、何を規範とするかを検討したり、お互いへの適切な呼びかけ方などを管理したりできるようにするのです。そのために私たちは「アラインメント・アセンブリー」を設けています。Polisのようなオンラインでの議題設定と対面式のワークショップを通じて、熟議型民主主義を実践するのです。そして最終的には、そのすべての内容がAIの微調整やモデルの訓練に反映されるようにします。こうすることで、AIは通訳や翻訳を行う対象となるコミュニティを尊重することを学ぶのです。
ウーズ つまり、世界共通語である英語の代わりに、先住民族の言語や国語を向上させるべきだということですね。
オードリー ええ、そういうことです。
ウーズ オランダの大学にとってはとても興味深いメッセージになりそうです。オランダの大学は英語を共通語にしようとしているので。
オードリー そうですね、台湾の大学生のほとんどは、英語を読んだり聞いたりすることはできます。ただ、自分の考えを表現するときにニュアンスを失いたくないだけなのです。皆さんもそうでしょう? 皆、英語を読むことはできます。そこは問題ありません。ですが、母語で文章を書けば、実際に考えていたことよりもずっと豊かなニュアンスを込められます。英語で書く場合、私たちは考えを圧縮したりしているのですよ。
私は例外的に、英語で精神分析を受けているので、英語で考えることができるのですが、台湾のほとんどの人がそうではありません。ですから、このような母語モデルを使うことで、英語は読むだけでいい、書いたり話したりする必要はないという新しいバイリンガル教育のあり方を想像できるようになるのです。母語で話せば、言語モデルがリアルタイムで翻訳してくれるのですから。
ウーズ 素晴らしい。ありがとうございます。
地球全体を表現する社会モデルとデジタルテクノロジーの役割
エゴン・ハンフシュテングル もうすぐ4時半ですが……。
ラウリン そうですね。幸子さんはどうしましょうか。日本の四方幸子さんをご存じですよね。
オードリー ええ、もちろん。
ラウリン 幸子さんも質問したいのではないでしょうか。
オードリー この会話に参加したときからずっと、幸子さんのお名前が見えていました。漢字で表示されていたので読めました。
エゴン あ、幸子さんがいますね。
ラウリン 幸子さんはどちらに?
エゴン このチャット内にいるはずですが……。
オードリー そうですよね。どこでしょう。
ラウリン 見つけました。
オードリー 幸子さんがこんなことを言っています。「民主主義はそれぞれの国を基盤としていて、人間が人間のために作っています。しかし気候変動の時代には、人々は国境を越えて考えて、行動していかなければなりません」
もちろん、私も同感です。だからこそ、私たちは川を象徴するチャットボットを作ったのです。川は人間よりも長く生きる一種の精霊のようなもので、人間を超えた存在です。私たちが知る限り、最も人間的でありながら、人間を超越した存在の一つだと言えるでしょう。幸子さんが「あなたの考えとその実現方法について説明してもらえますか?」と聞いていますね。
はい、もちろんです。まず第一に、気候変動による絶滅、つまり気候危機を認識するうえで、デジタル技術がいかに重要であるかを理解することが大切だと思います。今では衛星技術を使って、1日に5回ほど、ほぼリアルタイムで伐採された木の数を数えられるようになっています。こういったテクノロジーがあるからこそ、地球とその生態系を気候という視点から一つの社会的な対象として可視化できるようになったのです。以前は雲に遮られていて、このような全体像をとらえることは不可能でした。そんなことができるとイメージすることすら難しかったのです。
2016年に初めてVRグラスを装着したときのことを思い出します。すぐに星座早見盤を開いて、地球を両手で包み込むように持ってみたのですが、そこで「概観効果(overview effect)」というものを体験しました。宇宙から見ると、地球はとてもか弱く小さく、国境は見えないので、意味のないものだと感じられるのです。だからこそ、デジタル技術は必要不可欠だと思います。
デジタル技術がなければ、人々がリアルタイムで関わることのできる、地球全体を正確に表現した社会的なモデルを持つことは不可能です。これが第一のポイントで、第二に、意味のあるインパクトを与えられることが重要です。そうでなければ、ただ映画を観ているのと変わりません。観客が何をしたところで、映画の内容が変わることはありませんよね。ただGoogle Earthの映像を見ているだけでは、民主主義は成り立ちません。だからこそ、実際に影響を及ぼすことが必要なのです。
ペットボトルを使わずに、近くの環境活動の事務所で水を補給するという簡単な行動でも、「奉茶」のスマホアプリを使えば、自分の貢献度や、同じ目標を持つ世界中の人々からどれだけ感謝されているかがわかります。つまり、ここでもデジタル技術が役立つのです。国境を越えたつながりを作ることができるので。
グローバルな社会的対象と、相互につながった地域の集まりや団体を武器にすれば、国境を越えて行動する人々の活動を実現し始められるはずです。それでも小さなコミュニティで活動しているという感覚は残ります。ただそのコミュニティは、近所付き合いなど物理的な空間ではなく、価値観を共有するコミュニティに置き換わるのです。
ラウリン そうですね、わかります。幸子さんは何て? 「ありがとう」と言っていますね。
幸子さん、こちらこそありがとう。あなたがいなければ、私はオードリー・タンと彼女の人間的かつデジタルな未来の見方を知ることはなかったでしょう。
ほかに何か言いたいことがある人はいますか?
ウーズ ああ、頭のなかがいろいろな考えでいっぱいで……。
ブリジッタ ええ、いろいろなお話を聞けましたね。もう一度考えてみなければ。
ラウリン ほかに何かありますか? なければ、オードリーさんにお礼を言おうと思うのですが。
ウーズ ありがとうございました。
ラウリン ありがとうございました。
オードリー こちらこそ、ありがとうございました。素晴らしい対話になりましたね。
ラウリン こうしてお会いできて嬉しかったです。
オードリー ええ、高画質でお会いできるのを楽しみにしています。
ラウリン ぜひとも。今日か明日にはご連絡します。
オードリー ぜひお願いします、ラウリンさん。絶対ですよ。
ラウリン 本当にありがとうございました。ありがとう。
オードリー ありがとう。
(2023年9月29日)
オードリーとの対話【全4回】
#1 創造力こそが私たちの資本
#2 民主主義のコンピテンシー
#3 自分自身を「代表」すること
#4 ダイバース・デモクラシー、複数性の民主主義へ

- オードリー・タン/唐鳳Audrey Tang
- 台湾の政治家、プログラマー。プログラミングの天才として知られる。2016年、蔡英文政権に入閣し、デジタル担当の政務委員を務める。2022年、新たに設置された數位發展部(デジタル発展省)の初代部長(大臣)に就任。政府の情報公開やデジタル民主化に取り組み、オープンガバメントを推進。ソーシャルメディアやオンラインフォーラムを通じて市民との対話を重視し、デジタル技術を民主化と社会変革のために活用している。

- ラウリン・ウェイヤースLouwrien Wijers
- 1941年オランダ、アールテン生まれ。アーティスト、作家。1964年にパリでフルクサスに遭遇。1968−1986年の18年間、ドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスの仕事に伴走。「書くこと、話すこと、考えること」を「社会彫刻」(ボイス)ととらえて、批評活動に加えてさまざまな分野でキュレーションに関わる。1982年にボイスとダライ・ラマ14世との対話を実現させ、ボイス没後の1990年には、ジョン・ケージ、イリヤ・プリゴジン、 スタニスラフ・メンシコフ、ダライ・ラマ14世などの各界の識者を集めたシンポジウム「Art meets Science and Spirituality in a changing Economy」(アムステルダム市立美術館)を企画している。写真:Marleen Annema

- Art Translators Collective田村かのこ、山田カイル
- Art Translators Collective(アート・トランスレーターズ・コレクティブ)アート専門の日英通訳者・翻訳者チームとして2015年に活動を開始。主に現代美術・舞台芸術の分野を中心に、専門性と創造性を活かした質の高い通訳・翻訳の提供を目指す。近年は言語の変換にとどまらず、個々の創作現場に特化したコミュニケーション環境を整備したり、アートトランスレーションの価値と可能性について普及活動を行ったりと、創造行為としての翻訳を多角的および主体的に実践・発信している。現在、日本国内外を拠点とする13人のメンバーが在籍中。