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【対談】柴崎友香×山本貴光――記憶と場所をめぐって、行ったり来たり
記憶をめぐるトーク#1

- ライティング:宮本裕人
写真:高橋宗正
テクノロジーによって便利に情報や記録にアクセスできるようになったにもかかわらず、本当に大切なことが思い出せない。そんな経験はないでしょうか。
インターネットの誕生以降、人類が生み出すデータ量は指数関数的に増加してきました。SNSによって日々ますます多くの情報が「記録」されるようになっているものの、それにともない私たちがよりよく「記憶」できるようになったかといえば、そうではないのかもしれません。
毎日あてもなくSNSをスクロールするものの、次の日に覚えているものがどれくらいあるだろう? 偏った情報、誤った情報がとめどなく流れるなかで、私たちはどのように自分の記憶を世話していけばいいのだろう? そのような問題意識から、DISTANCE.mediaは3月に「記憶のデザイン」をテーマにトークイベントを行いました。
全3部で構成されたイベントの第1部のテーマは、「記憶と場所」。文筆家・ゲーム作家の山本貴光さんと、場所と記憶をモチーフに小説を書き続けてきた作家の柴崎友香さんが、「記憶」をキーワードに、柴崎さんの最新作から幼少の思い出、小説にしかできない役割までを語りました。
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Contents
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「他人シミュレーター」としての小説
ふたりのトークは、2023年12月に刊行された柴崎さんの最新長編『続きと始まり』(集英社)の話題から始まりました。阪神淡路大震災、東日本大震災、そして新型コロナウイルス感染症。柴崎さんは本作で、2020年3月から2022年2月までの2年間にわたる男女3人の日常を通して、日本に生きる私たちがともに経験した出来事に光を当てていきます。
ある日突然マスクをする生活が当たり前になり、飲食店にはアクリル板が設置され、リモートワークが日常化する──物語が始まるのと同じ2020年に書き始められた『続きと始まり』には、そんな当時の時間が文章というかたちで保存されているように見えます。そうした「時間の再体験」こそが、小説にしかできない表現なのだと柴崎さんは語ります。
「小説が、ただ情報を並べていくことと何が違うかというと、小説っていうのはやっぱり、ある人間を通して世界を体験し直すことができる。私たちは、普段は自分の身体を通してしか世界を体験できないですけど、小説は別の人間に入っていくことを可能にしてくれる。人の内側の、体感的な表現が、やっぱり小説にはできると思うんです。
2020年の何月にこういうことがあった、というのはみんな知っていると思うんですけど、でも小説ではもう1回その時間を体験し直すことが可能だから、読まれた方が『こんなことを思い出した』『そういえばこういうことがあった』みたいなことを、感想として言ってくださるのかなっていうふうに思っています」
すなわち小説とは、山本さんの言葉を借りれば「他人シュミレーター」であり「記憶保存装置」でもある。100年後の歴史学者たちは、もしかしたら柴崎さんの小説を読むことで2020年代の人々の生活を学ぼうとするのかもしれない、と山本さんは言います。
テレビと動物的記憶
トークの後半では、子どもの頃は1日に8時間はテレビを見ていた「大のテレビっ子」だったという柴崎さんの経験から、「テレビと記憶」について語られました。
かつて圧倒的大多数の人が見ていたテレビと、現在圧倒的大多数の人が見ているスマートフォン。両者の違いは、それが移動できるかどうかと、コントロール可能かどうかの2点が大きいといえるでしょう。テレビはテレビの置かれているお茶の間でしか見れなかったのに対し、スマートフォンはどこにでも持ち運んでいける。テレビは放映時間が決まっているのに対して、YouTubeもNetflixも、スマートフォンのコンテンツはユーザー側が「いつ見るか」を決めることができる。
スマートフォンでいつでも、どこでも情報を得られるようになり便利になった一方で、記憶に残りやすいのはどちらだろうか?とふたりは問います。「この場所でエサにありつけた」「ここで危険な目に遭った」というふうに、動物たちは場所と記憶を結びつけながら生きていると柴崎さんは言いますが、そんな「動物的記憶」は、メディア環境が変化するなかでますます薄れているのかもしれません。
オフラインとオンラインの境界がますます曖昧になるなかで、私たちはいかに動物的記憶を働かせ、過去をよりよく記憶することができるのか。そのときに小説や物語は、私たちの記憶をどのように助けてくれるのか。トークの最後には、柴崎さんが「小説にしかできないこと」を言い得たイタリア人作家アントニオ・タブッキの言葉を朗読しました。

- 柴崎友香しばさき・ともか
- 作家。1973年大阪府生まれ、東京都在住。大阪府立大学卒業。1999年「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」が文藝別冊に掲載されデビュー。2007年『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞を受賞。2010年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、2014年『春の庭』で芥川賞を受賞。2024年『続きと始まり』で、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。その他に『パノララ』『千の扉』『百年と一日』ほか、エッセイに『よう知らんけど日記』、『あらゆることは今起こる』など、著書多数。

- 山本貴光やまもと・たかみつ
- 文筆家、ゲーム作家。1971年生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。文筆家・ゲーム作家。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。コーエー(現コーエーテクモゲームス)にてゲーム制作に携わり、在職中から執筆活動を開始。1997年より吉川浩満と「哲学の劇場」を主宰。著書に、『文学のエコロジー』(講談社)『記憶のデザイン』(筑摩書房)、『心脳問題』(吉川浩満と共著、朝日出版社)など多数。







