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#1 作品が猫になる――「遠距離現在Universal / Remote」展をめぐって
インターネットがもたらした情報化社会の出現は、アート界の専門用語であった「キュレーション」という言葉に新たな意味を付与し、その概念を一般化してきました。と同時に、通俗化したキュレーションという行為が、アート界にも還流し、「キュレーション」という行為の根幹を揺るがしているのではないか。そんな問題意識をもった、アーティスト布施琳太郎さんの「キュレーション論」を、全8回の予定でお届けします。
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Contents
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SNSを賑わす「猫ミーム」
「にゃにゃににゃにゃ」「にゃ〜」「ドゥーン」「きぎゃーー!」「ぱっぱっぱくぱっくぱっ」「レロレロレロレロレレレ」「……はぁ?」「ひぇ〜〜ン」。すでに落ち着きをみせはじめているとは言え、2024年前半の文化や芸術に生じたできごとで特筆すべきなのは、猫ミーム[★01]★01の隆盛に思える。TikTokやYouTubeにあふれる動画たち。猫ミームは世界各地で撮影された猫の動画(怒って見えたり、喜んで見えたりする)を背景から切り離して、フリー素材の背景イラストや写真の上にコラージュしながら、字幕を添えることでつくられる。音声だけだと何が起きているのか分からないそれらの動画は、字幕を通じて投稿主の人生のエピソード(ブラック労働の吐露、かつての家庭内暴力の回想、そして楽しかった留学経験まで)を映像化する。
スマートフォンだけで素材の切り抜きから合成、コラージュまでの映像編集ができる。知人のYouTuberが「字幕作業はパソコンを使わない方が移動中に編集ができていい」のだと述べているのを聞いたことがあるが、もはや平面的な映像素材を重ね合わせるだけならハイスペックなパソコンは不要なのだ。
カナダ留学行った時 pic.twitter.com/8cjcTGWM6Z
— 得愛ユニ@VTuber💜🌙 (@Yuni_A_Ice) January 23, 2024
【猫ミーム 素材集① 40選】 (Cat meme green screen)
「遠距離現在」展のキュレーションをめぐって
もともと本稿の執筆にあたって、私が依頼されたのは2024年3月6日から同年6月3日にかけて——猫ミームが盛り上がりをみせるのと同じ時期に——国立新美術館で開催中の展覧会「遠距離現在 Universal / Remote」についてのレビューである。しかし、展覧会をみて、考えれば考えるほど、一レビューをこえて、2020年代における「キュレーションとは何か」を論じることが必要だという想いに強く駆られるようになった。そこで、編集者と相談して、連載化することになった。
それでは、まずは「遠距離現在」展について確認してみよう。
そこには絵画から写真、映画、レクチャーパフォーマンスの記録などの多岐にわたる形式の作品が展示されていた。会場入り口に掲げられたパネルでは「Pan- の規模で拡大し続ける社会」と「リモート化する個人」というキュレーションの二つの軸をコロナ禍、つまり2020年からの3年間と関係づけて説明していた。国立新美術館の学芸員の尹志慧がカタログに寄稿したテクストによると「Pan-」とは「パンデミック(pandemic)の接頭辞であり、『全世界規模』を意味する」のであり、これが展覧会の第1部だという。これに対して「リモート」とは「非対面」や「遠隔操作」のことで第2部にあたる。「Pan-」と「リモート」は2020年以降の情勢から導き出されたものなので、多くの人がリアリティを持てるだろう。
だが本展に展示された展示作品は、入り口の井田大介を除いて、2019年以前に制作されたものだ。特定の社会状況(コロナ禍)から導き出された二つの軸(「Pan-」と「リモート」)は、展覧会を通じて、それぞれの作品の制作時の文脈を変更しながら再提示する。そうした文脈から文脈への作品の置き直しこそが本展における「キュレーション」だ。
だからこそ本展に必要な批評は、個別の作品を論じることではない。展示作品の多くはすでにそれぞれの領域で評価を受けている。そうであるのなら尹のキュレーションが、展示された作品に対して、どのように独立した価値を持つのかを論じることが必要である。新作を中心とした展覧会なら事情は異なるとしても、「遠距離現在」において作品から自律した価値をキュレーションが持たないのなら、文脈の置き直しは展示作品にとって不要だ。
文脈の操作=キュレーション?
そして文脈の置き直しは、まさに猫ミームにおいて顕著である。猫ミームにおいてそれぞれの猫が生きる文脈は無視される。例えば「Happy Cat」と呼ばれる猫ミーム素材は、両手を振り上げて喜んでいるように見える猫が「ハッピーハッピーハッピー」という高音アップテンポの歌声と共に、各々の動画投稿主のエピソードトークへと挿入して使用される。だが実際は「行きつけのペットショップが今日で閉店…連れて帰りたい」という2015年11月8日のX(旧Twitter)への投稿に添えられた動画である。潰れてしまったペットショップの動物たちは、その後保健所に送られるかもしれない。しかしそんなことも知らずに来店客と戯れようとしてガラス面にぶつかる猫を「Happy Cat(幸せな猫)」と私たちは呼んでいるのだ。
行きつけのペットショップが今日で閉店…連れて帰りたい pic.twitter.com/NGF2U23fJM
— なか○ま (@1Nssu) November 8, 2015
Happy Cat Meme (Fake vs Original)
たしかに猫ミームという話法において、卓越した表現力を持つ人もいる。だが、そこで自分が使う素材=猫の文脈を一方的に置き直しているのは事実だ。猫ミームの制作は、様々な情報を集めながらフェイクニュースを作り出す「キュレーションメディア」と同じように——ボリス・グロイスが美術批評で述べるキュレーションシップ[★02]★02などとは無関係に——ソーシャルメディアにおいて大衆化した「キュレーション」という言葉と、ほとんど同じ効果を持っているように思える。
猫ミームは、素材となる猫の文脈や感情をさまざまに差し替えながら、自分の語りたいエピソードを物語る表現様式だ。そして猫ミーム化したキュレーションが世にあふれている(もし文脈というのがわかりづらければ「来歴」と言い換えても良い)。本連載では「文脈の操作」という視点において、展覧会「遠距離現在」から出発して2020年代における理論と実践の関係を考える。それは「どのソーシャルメディアを重点的に使うのがイケてるのか」といった文化活動のコストパフォーマンスについての卑猥な思考から離れて、それぞれのアーティスト、キュレーター、批評家、ギャラリストなどが互いに独立したプレイヤーとして思考し、活動するための枠組みを構想するための旅である。
★01 猫ミームとは、ここで挙げられている動画コンテンツとしてだけでなく、これまでもインターネット上で様々な猫のインターネットミーム化がなされてきた。しかし本稿では2024年の流行についてのみ言及する。 ★02 ボリス・グロイス「キュレーションシップについて」『アートパワー』 石田圭子、齋木克裕、三本松倫代、角尾宣信訳、現代企画室、2017年。ここでグロイスは、キュレーターによる展示行為による偶像破壊的効果と、マルセル・デゥシャンの《泉》(1917年)をはじめとした展示行為による偶像愛好的な効果の両義性について語った。

- 布施琳太郎ふせ・りんたろう
- アーティスト。1994年生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科(油画専攻)卒業。東京藝術大学大学院映像研究科(メディア映像専攻)修了。スマートフォンの発売以降の都市における「孤独」や「二人であること」の回復に向けて、社会を成立させる日本語やプログラム言語、会話などを操作的に生成し直すことで、映像作品やウェブサイト、絵画、ボードゲームなどの制作、詩や批評の執筆、展覧会のキュレーションなどを行っている。主な活動として個展「新しい死体」(2022/PARCO MUSEUM TOKYO)、廃印刷工場におけるキュレーション展「惑星ザムザ」(2022/小高製本工業跡地)、600ページのハンドアウトを片手に造船所跡地を巡る展覧会「沈黙のカテゴリー」(2021/名村造船所跡地〔クリエイティブセンター大阪〕)、ひとりずつしかアクセスできないウェブページを会場とした展覧会「隔離式濃厚接触室」(2020)など。主な書籍に、『ラブレターの書き方』(晶文社)、『涙のカタログ』(PARCO出版)など。
