F4-4
あなたは微生物の都市である
ヒューマンスケール再考

- 赤城神社で行われた赤城SUN doより
「地球環境にとって、人間の活動が脅威である」、そんな認識が世界で広がり始めています。人間中心主義的な世界観では、地球環境はもはや維持できない、そんな風に考える若い世代が増えています。では、非人間中心的な世界観とはどのようなものなのでしょうか? 本特集では、動物、植物、菌類、微生物など、人間以外の視点に寄り添うかたちで、世界を眺めるとはどういうことかを探究していきます。微生物の研究者であり、微生物多様性を高める都市づくりを提案する起業家でもある伊藤光平さんは、従来のヒューマンスケールのものさしを、微生物のスケールから揺さぶりをかけます。
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Contents
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目に見えないマジョリティ
「セカイは微生物に満ちている」。これは、私が日本科学未来館で企画・監修した常設展示(2022年4月~2023年8月)につけたタイトルだ。このタイトルには、私がこれまで研究してきた微生物という対象への様々な想いが込められている。
微生物は地球のあらゆる場所で独自のコミュニティを形成して活発に代謝を行い暮らしている。皮膚やお腹の中など私たちの人体をも住処にしているし、山や川などの自然環境や、深海や火山などの極限環境にもだ。そして都市や家の中にも、もちろん無数の彼らが暮らしている。
その存在を認知するよりずっと前から、私たちは微生物たちの力を借りて生きてきた。たとえば微生物の存在が必須なパンやワインなどの発酵食品は古代メソポタミアの時代から食べられてきているし、腸内微生物によって食べたものを分解してもらい健康に暮らしてきた。
そこから1860年代になると、ルイ・パスツール[★01]★01が、白鳥の首フラスコを用いた実験で牛乳やワインが腐敗する理由は外部から微生物が侵入することが理由であると突き止め、腐敗の原因が内部的な変化ではなく微生物という外的要因によって生じることを示した。また、ロベルト・コッホ[★02]★02によって微生物の純粋培養の手法が開発され、微生物と病気の関連が明らかになってきた。そしてコッホの研究室で学んでいた北里柴三郎[★03]★03は、破傷風の原因となる微生物の純粋培養を通じて破傷風の治療法を開発した。このように微生物研究の歴史は、微生物の役割を明らかにし、1種に分けて純粋培養することで疾患の治療を行うという流れのもと発展してきた。
2000年に入ってからゲノムシーケンサの台頭により、微生物のDNAも解読できるようになった。そこで私たちは微生物というものの想像を超えた機能性や暮らしの多様さを目の当たりにすることとなった。この火付け役となったのは、ヒトゲノム解読で有名なクレイグ・ヴェンター[★04]★04であり、2004年に彼が当時の最新のゲノムシーケンサを用いて海洋細菌のメタゲノム解析を行い、大量に新規遺伝子を発見した。
また日本では、国立遺伝学研究所の黒川顕[★05]★05がメタゲノム解析にいち早く着目し研究をはじめ、腸内微生物の解析に応用した。そこから、ヒトの健康維持や疾患の原因としても微生物が大きな影響を持っていることが可視化され始めた。私たちはこれまで目には見えず、存在すら知らなかった他者が与えていた大きな影響について意識するようになったのである。
展覧会では微生物の基礎知識を紹介しつつ、社会で微生物が役立っている事例や、ヒトの健康に欠かせない常在微生物をテーマに解説した。また、メタ解析によって都市の微生物の多様性や種類の偏りを可視化し、そこから生じうる公衆衛生課題として免疫発達等の問題を提起した。そして実寸大の生活空間(キッチン、リビング、庭など)をつくり、微生物多様性を高めるアイデアやアート作品を散りばめた。建築・緑地設計、アート、SF小説など多面的なアプローチを施し、崩れかけている関係性を再構築するべきではないかと問いかけた。
排除しきれない存在と向き合う
微生物研究は私たちの疾患と関連付けて発展してきた側面がある。現代社会で微生物が悪いもののように扱われてしまうのは、微生物を病原性の側面で研究していくことが人間中心的な利益に紐づいているからだと考えられる。それ以外にも環境浄化やバイオマス燃料などの文脈で微生物研究が進められているが、他の学問領域と大差なく、そこには人間中心主義的な方向性の研究発展がうかがえる。
疾患と関連付けて研究される場合は、微生物は疾患を引き起こしたり、病状をさらに悪化させたり、問題を引き起こす原因であることが多い。そこで問題解決のための手段として出てくるのが「除菌・殺菌」である。これ以上、病状を悪化させないため、また罹患リスクを低下させるため、原因となる微生物を消してしまう。これは健康の維持や疾患予防の面でも同じである。つまり、リスクがある対象はコントロールしなければいけないし、問題を引き起こしそうな場合は速やかに消してしまおうということなのだ。
一見リーズナブルな考えに思えるが、この方法には2つ問題があった。まず1つは、疾患の原因となる微生物を退治しようとするときに用いる抗生剤や除菌剤は、目的の微生物以外もほぼすべての微生物を一掃してしまうことである。これによって、生態系の絶妙なバランスが崩れてしまい、腸内微生物によって支えられていたヒトの健康や、土壌微生物によって支えられていた植物の健康が損なわれてしまうこともある。
そして2つ目が、微生物への抗生剤や除菌剤が効かなくなってしまう可能性があること。長く抗生剤や除菌剤を使用していると、微生物は突然変異によって耐性を獲得してしまう。これが抗生剤を高頻度に用いる病院や様々な薬物が垂れ流される下水道で多く発生している。微生物の耐性化のスピードに創薬が追いつかず、WHO(世界保健機関)は優先的に取り組むべき薬剤耐性微生物や創薬課題を提示するようになった。
目には見えず地球のあらゆる場所に無数に存在し、どんどん変異していく微生物を、人類が今まで通りにコントロールをして、排除しようとする努力を続けていく先には果たして明るい未来はあるのだろうか。
今や私たちの身の回りは抗菌加工の素材や建材、除菌を目的としたあらゆる衛生製品で溢れかえっている。病院など患者が密集した場所での感染予防など特定の問題を解決するための1つの対策としての「除菌・殺菌」ではなく、「この世界から微生物はいなくてもよいものだから、排除しつくそう」という意思さえ感じる。
しかしその一方で、微生物が完全に排除された場所は地球にも、もちろん都市にも存在しない。都市においてはヒトが微生物の一番の保有者であり、ヒトがその空間に入ってしまえば、クリーンルームや病院の集中治療室、宇宙ステーションであろうと微生物は検出されている。私たちは自分の身体に住む微生物を振りまきながら生きているのである。魚類や植物などの外来種には過剰反応する私たちも、実のところ、異国の地に出向くたびに、自分の身体から大量の外来種(微生物)を振りまいているのである。
人間中心主義で微生物を排除しようとしても、その人間という定義にはヒト細胞と同じ程度の数共生している微生物も含まれてくるのだ。自分の一部ともいえる微生物の存在を一生懸命に身の回りから排除しようとする私たち。この矛盾は滑稽にさえ思えてくる。
これからも微生物は必要以上に排除され続けるのだろうか。この矛盾を生じさせている私たちの認知を変える方法はないのだろうか。
ヒューマンスケールのやるせなさ
これまで私たちは人間中心主義や短期的利益の追求により、微生物との関係性を悪化させてきた。しかし、これらはあくまでも人間のスケール感における合理性に基づいた一貫性のある行動とも捉えられる。そのため、私たちは自分たちのスケール感(ヒューマンスケール)でしか想像できず、ヒューマンスケールの範疇に無い微生物を含めた多種との関わり合いについては想像の域を超えることができないように思える。
たとえば、都市における微生物コミュニティは想像以上に複雑だ。建物の立地や施設の用途によって利用する人々の属性が変化するように、微生物にもヒューマンスケールを超えた細かいニッチが存在している。生態学者のロブ・ダン[★06]★06による『家は生態系』(白揚社)では、砂漠で発見された微生物と近縁な種が家のボイラーから見つかったという事例が記されている。ヒューマンスケールでは共通性を見いだせない、物理的に遥かに離れた場所においても、微生物にとっては同じ環境条件として増殖することが可能なのだ。

- 赤城神社で行われた赤城SUN doより
だからこそ、ヒューマンスケールで進めてきた都市づくりにおいても感染症の拡大や自己免疫性疾患の罹患者増加などヒトが解決できていない公衆衛生課題が多く発生している。たとえば、厚生労働省のレポート「アレルギー疾患の現状等(平成28年)」では、喘息や花粉症等のアレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患患者は全国で年々増加していることが報告されている。
また、コロナ禍におけるコロナウイルスの感染症対策は、ヒューマンスケールのやるせなさがより濃く立ち現れた瞬間ともいえる。目には見えないウイルスの脅威に対する恐怖が先走った結果の対策が、どこまで意味をもっただろう。こういった公衆衛生のために講じた対策はすぐに結果が出るものではないが、今となってはどの対策が意味をなしていたか十分に答え合わせが可能だろう。
ヒトは微生物にとって都市である
SF作家の小松左京の作品に「人類裁判」[★07]★07というものがある。遠い未来、人類は宇宙に進出し、様々な惑星で侵攻・略奪を繰り返す。あまりに酷い行いによって人類は宇宙裁判にかけられてしまい、宇宙人だけではなく地球の様々な動物にまで責められてしまう。そんな中、唯一人類の味方をしたのが微生物である。人類は微生物にとって自分たちから進化した最も遠い存在であるがゆえ、自分たちの希望なのだと、小説では語られている。
ヒトと微生物の遺伝的距離(ディスタンス)はかなり遠い。私たちは人間同士でもわかり合うことが難しいと悩まされる事が多いし、ペットである犬や猫と心を通じ合う感覚を持つまでにも多くの時間を要するから、さらにディスタンスがある微生物を思いやり、ケアしていくなんて無謀に思えるかもしれない。
しかし、あなたの体の中にも38兆個の微生物がいて、あなたの一部になっていることを思い出して欲しい。最もディスタンスがあると思っていた彼らが、あなたのお腹の中にいるのだ。つまり、あなたは微生物にとっての都市なのだ。同様に、あなたが食べるものは彼らによって生み出され、また分解され、あなたが住む都市や職場にも彼らが溢れている。彼らの姿形こそ目にすることは難しいが、研究の進歩やビジネスにおける利用によって、その営みや恩恵を実感できる機会は格段に増えている。
だからこそ私は、人々が時間をかけてゆっくりと「セカイは微生物で満ちている」と思えるような社会がやってくると強く信じている。
*謝辞
本原稿の執筆にあたって、吉川実亜氏に、文章校正等で多くのご協力をいただいた。
★01 ルイ・パスツール(1822-1895)。フランスの生化学者・細菌学者。ロベルト・コッホと共に「近代細菌学の開祖」とされる。 ★02 ロベルト・コッホ(1843-1910)。ドイツの医師、細菌学者。ルイ・パスツールとともに、「近代細菌学の開祖」とされる。 ★03 北里柴三郎(1853-1931)。微生物学者。近代日本医学の父であり、「感染症学の巨星」と呼ばれている。 ★04 クレイグ・ヴェンター(1946- )。アメリカ合衆国の分子生物学者、起業家。ゲノム研究のパイオニアであると同時に、ビジネス化も積極的に推進している。 ★05 黒川顕:国立遺伝学研究所 副所長・教授、先端ゲノミクス推進センター センター長。2014年文科省科研費新学術領域研究「冥王代生命学の創成」領域代表者。 ★06 ロブ・ダン:ノースカロライナ州立大学教授、コペンハーゲン大学自然史博物館教授。著書に『世界からバナナがなくなるまえに』『心臓の科学史』(青土社)、『わたしたちの体は寄生虫を欲している』(飛鳥新社)、『アリの背中に乗った甲虫を探して』(ウェッジ)がある。 ★07 東浩紀篇『小松左京セレクション2 未来』所収、河出書房新社、2012年。オリジナルは、『アダムの裔』所収、新潮社、1973年。

- 伊藤光平
- 株式会社BIOTA代表取締役。慶應義塾大学 環境情報学部卒業。高校時代から慶應義塾大学先端生命科学研究所にて特別研究生としてヒト常在菌のゲノム解析に従事。学部生時代には住環境における微生物コミュニティも対象としたメタゲノム解析に従事。大学卒業後、株式会社 BIOTA を創業し、微生物多様性を高める都市デザイン事業を行っている。
