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イーロン・マスクを熱狂させた「長期主義」とはなにか?
【書評】ウィリアム・マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』

- 『見えない未来を変える「いま」――〈長期主義〉倫理学のフレームワーク』、千葉敏生訳、みすず書房、2024年
d Reviewでは、DISTANCE.mediaが深めたいテーマや問いを扱っている、本や映画、展覧会、プロジェクトなどをピックアップして、レビューします。
「長期主義」や「効果的利他主義」を唱え、英語圏の起業家やミレニアル・Z世代に大きな影響力をもつ、若き哲学者ウィリアム・マッカスキルの著書『見えない未来を変える「いま」』(みすず書房)を取り上げます。レビュワーは、『スマホ時代の哲学』で一躍注目を浴びた、哲学者の谷川嘉浩さんです。マッカスキルと同世代の谷川さんに、その思想はどう映っているのか?
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Contents
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世界は巨大で、人間は小さい
「世界は巨大で人間は小さい」。文筆家のウォルター・リップマンは、1914年にそう語った。
私たちは、自分の存在の、まさに根っこのところに不安を感じている。親と子であれ、夫と妻であれ、労働者と雇用者であれ、奇妙な状況で変わらない人間関係はない。私たちは複雑な文明社会に慣れておらず、個人的接触や不朽の権威が消えてしまったときの振る舞い方がわからない。手引きとなるような前例はなく、今より単純な時代のために作られた知恵ばかりだ。自分自身を変える方法を知るより早く、自分の環境を変えてしまったのだ。[★01]★01
100年以上前の言葉とは思えないほど、私たちは、リップマンの言っていることがわかってしまうはずだ。世界は巨大で、人間は小さいという感覚は、今なお直面されるべき問題だ。
リップマンは、この状況を生きる現代人を、濁流に流される人に喩えた。それが常態化するあまり、自分を押し流す力を自分の意志だと誤認するほどに、私たちは世界に対する主導権を失っている。つまり、社会や世界の「巨大さ」とは、全体を見通して事の成り行きを予測し、統制することができないほど複雑な、諸々のシステムの集合体を前にした人間の卑小性や不能感を示す言葉だ。
私たちは、世界を変えることなどできないと考えたくなるほど、世界は複雑だ。実際、社会問題やニュースの背景にある事柄を学べば学ぶほど、一概に言えない状況の難しさが実感されて、迂闊に物も言えなくなり、変化のために行動を起こす理由を見失う。この世界を変えるために自分に何ができるか、どうすれば適切に世界と関係を取り結べるのか、リップマンの発言から100年以上経過しても、私たちはわからないままだ。
1987年に生まれたスコットランドの哲学者、ウィリアム・マッカスキルは、英語圏の起業家にビジョナリーな思想を提示した。イーロン・マスクが彼への支持を公言するなど、反響の巨大さにおいて、彼に並ぶ思想家・理論家はほかにいない。だが、もちろんその影響力ゆえに、常に賛否の両方が巻き起こっている。具体的には、彼の思想はビリオネアの拝金主義を是正し、世界を少しでもよくすることに寄与しているのか、それとも、崇高そうな目的を掲げさえすれば拝金主義も傍若無人も許されるという正当化(エシックス・ウォッシュ)に寄与しているのか、見解は相当に割れている。
いずれにせよ、これほどまでに一挙手一投足が注目を集め、その言動が具体的で実際的な影響を及ぼす哲学者を目撃する機会はそうそうない。
そのマッカスキルは最新刊『見えない未来を変える「いま」』(原題What We Owe the Future[未来への責務])で、個人が行動する理由を失い、不能感に苛まれている状況を変えていく可能性のある哲学を提示している。それが、「長期主義(longtermism)」である。この旗印の下で、マッカスキルは、未来世代という今は目に見えない存在を真剣に捉え、「私たちが未来のためにできることはたくさんある」と鼓舞するような議論を展開している[★02]★02。本稿では、英語圏を中心に注目を集めている「長期主義」について検討していく。
不能感を突破するエピックな世界観
本書の冒頭では、長期主義についての二つの説明が提示されている。一つ目は「長期的な未来にプラスの影響を及ぼすことは現代の主な道徳的優先事項の一つであるという考え方」だ。しかし、この言葉は抽象性が高いため、マッカスキルは二つ目の定義を気に入っている。「未来の世代の利益を守るために、私たちのすべきことは今よりずっとたくさんあるという考え方」[★03]★03。
現在の決断や行為は、未来を因果的に形作る力がある。その因果は直接的なものでも、必ず実を結ぶものでもないが、それでも自分たちの決断や行為が未来に及ぼす影響を真剣に受け止めることの意義は大きい。つまり、世界がどれほど巨大に見えたとしても、現在は未来を左右しうることを真剣に受け止め、未来をよりよい形にするために、私たちの決断や行動を再考するべきだとマッカスキルは論じる。
この考え自体に不思議なところはない。実際、同じくイギリスの理論家ローマン・クルツナリックが『グッド・アンセスター』において、一種の長期主義を展開し、未来への責任を読者に喚起しているし、台湾のデジタル担当相であるオードリー・タンは、クルツナリックの支持者である[★04]★04。ある種の幅広さを持って支持されうる見解だと言えるだろう。
ただし、マッカスキルの議論は、長期主義が〈世界観〉であることを強調している点が特殊だと言えるかもしれない。「未来は重要であり、私たちはその未来を左右しうる存在である」という〈世界観〉をインストールすることで、人々はエピックな想像を掻き立てられる。巨大な世界の前で不能感を抱いている人の心に、この〈世界観〉は訴えるものがある。
不能感やシニシズムを突破して、「未来世代のために、何か自分にできることがあるのではないか」と考える、叙事詩的な想像力としての長期主義。マッカスキルの議論は、リップマンの描写に対する100年越しの応答だと言えるかもしれない。
マッカスキルの「効果的利他主義」
マッカスキルは、前著『〈効果的な利他主義〉宣言!』(原題Doing Good Better[もっとうまく善行をする])において、「効果的利他主義(EA: effective altruism)」を提唱した。

- 『〈効果的な利他主義〉宣言!——慈善活動への科学的アプローチ』、千葉敏生訳、みすず書房、2018年
EAは、原題が示す通り、「とにかく善意に基づいて動こう」という考え方ではなく、「より効果的に善いことをしよう」という考え方である。利他的な行動をとるとき、私たちは善意に基づいて、「いかにも社会貢献っぽい仕事」「いかにも世のため人のためっぽい行為」に身を捧げるという選択肢を選びがちだ。しかし、世界をよくする方法はほかにもあるはずだし、自分の行いがもたらす影響を予測してから利他行為に取り組んでもいいはずだ。EAは、そんな風に視点を広げてくれる。
語弊を恐れずに言えば、EAとは次のような立場だ。〈「医者になる」「国連に務める」といったやり方だけでなく、「稼ぎの一割以上を、Give DirectlyやAgainst Malaria Foundationのような実効性のある取り組みをしている組織に寄付をする」という仕方で、効果的に利他行動をとることもできるし、その方がよい場合もある。〉 [★05]★05
こう聞くと、「効果的利他主義者は効率主義の権化だから、単位当たりのインパクトが薄いものには取り組まないのか」と思いそうだが、「目に見える成果に結びつく=効果的」という図式をとらない辺りには、マッカスキルのバランス感覚が垣間見える。同書では、選挙投票や気候変動、教育や啓発のような、必ずしも明瞭な成果の見えない事柄の重要性についても語られている。つまり、EAの「より効果的に善いことをしよう」の「より効果的」は多元的であるとの前提が、組み込まれているのだ。
EAのゲーム性と、応用編としての「長期主義」
収入の一割以上を、毎年寄付する、それも有効にお金を使ってくれそうなところに。EAにおけるこうした寄付のルールは、現在の年収にかかわらず実践しやすい利点がある。アルバイトと奨学金で生計を立てていた頃から、私もEAを少しだけ実践していた(収入の3-5%の寄付にすぎなかったが)。いくら日本が不況だとしても、学生にお金がなくても、その少額の寄付が、最貧国ではちょっとした変化を引き起こしうることを、同書を読んで意識させられたからだ。
実践してみて、「毎年」というのが鍵だと感じた。毎年やっていると、「さて今年はどこに寄付をしよう」「どんな領域にインパクトを与えようか」と定期的に想像する習慣ができる。毎年一部は決まったところに寄付しながらも、貧困や教育機会を重視する年もあれば、人種差別や気候変動にかかわる取り組みを重視する年があってもいい。「自分の選択がほんの少し世界を住みやすくしている」と毎年想像することには、どこかゲーム的な楽しさがある。道徳的な行いが、楽しくないものであるべき理由はどこにもない。
しかし、こうしたEAの議論において見落とされがちだったのが、「未来世代」という論点だった。遠い未来の社会問題に取り組むとき、対象である未来が漠然としているので、「これで未来はよくなる」という効果は実感しづらい。それでも、未来について考えることは間違いなく重要だ。ならば、未来世代への投資を下支えする理論を展開することに意義はあるだろう。
マッカスキルの『見えない未来を変える「いま」』は、まさにそうした事情から、「長期主義」を理論化したものだ。EAに、見落とされがちな未来世代の利益を尊重する〈世界観〉を組み込もうとしたのである。ただし、未来世代を重視するとはいっても、長期主義は、現在の苦境を放置してまで未来世代を優先すべきだとか、未来世代と現在世代の利益は同じだけ尊重すべきだといった主張を展開するものではない[★06]★06。基本的には、穏健でバランスのとれた見解なのだ。
長期主義の三つのフレームワーク
長期主義者は、人々が自分の行動で引き起こしうる状態の価値を、三つのフレームワークから評価する。すなわち、①重大性、②持続性、③偶発性である。①と②はその名の通り、あらゆる側面から掘り下げられた重要度と、その状態がどれくらい存続するかという継続性を指している。
それらに対して、③の偶発性は、何もしなければ長期間ないし永久にその状態が引き起こされない可能性がどれくらい高いかという基準だ。「小説『ジェーン・エア』の存在の偶発性は非常に高い。もしシャーロット・ブロンテが執筆しなければ、別の誰かによって書かれることは絶対になかっただろうから。一方、農業の偶発性は低い。複数の場所で独立して出現したからだ」[★07]★07。
もちろん、この評価者が誰であっても、ある変化について全く同じ価値づけをするという想定をする必要はないし、どれか特定のフレームワークが他の二つよりもいくらか優先されることがあっても問題はない[★08]★08。そもそも「フレームワーク」とは、そういう融通が利く概念であり、「原理」のような厳格性を持たないはずだが、多くの批判者によってそのことが見落とされている。
ある変化に対して、高い価値を認める人もいれば、そうでもないと述べる人もいるだろう。また、悲惨な結果になる可能性が低いものの、仮に起こったとすれば取り返しのつかない変化を防ぐことに価値を置く人もいれば、重要な問題で手段の有効性も見えているものに価値を置く人もいるだろう。
本書の概略
ここで、本書の構成に沿って概略を紹介しておこう。「まえがき」(単行本版の反響を受けて書かれたペーパーバック版用の書き下ろし)の後に、パートⅠ~Ⅴ、全10章が続くという構成である。
パートⅠ「長期的な視点に立つ」では、長期主義の基本的な説明がなされる。ここまで説明してきたように、長期主義とは、未来世代の利益のために、すべきことはたくさんあるという考え方のことだ。これに、①重要性、➁持続性、③偶発性という価値評価の3つのフレームワークが加われば、長期主義の基本的立場ができあがる。(この書評では、これを「最小限の長期主義」と呼んでおく。)
パートⅡ「軌道の変化を促す」では、価値観の問題が扱われる(詳しくは下記の奴隷制廃止をめぐる議論で論じる)。これに加えて、「価値観の固定化」が起こる可能性、それに汎用人工知能が寄与する可能性などが論じられる。
パートⅢ「文明を保護する」では、小惑星衝突や世界大戦などの人類絶滅リスクの評価、そして、文明崩壊や技術的停滞について論じられている。文明崩壊については、信じがたい規模の災禍でも、過去の社会は相当な回復力を見せてきたと留保しつつも、深刻な帰結につながりうる気候変動や化石燃料の枯渇といった問題に向き合うべきだと論じている。
パートⅣ「世界滅亡を評価する」では、人口倫理学が扱われる。本書で最も批判を集めたのはこの箇所だと思われるが、説明が煩瑣になるため詳細は割愛する。ただ、難解な本章を読み進めるためのポイントとして、「未来に人類が存続している限り、まだ見ぬ未来世代の『総数』は現在世代の『総数』を上回っているだろう」という前提[★09]★09を忘れずに読むことを勧めたい。そうすると、彼の人口倫理学は、「とにかく人類が存続することは極めて重要だ」とか「従って未来世代の利益を守るべきだ」といった主張を正当化することができる。なぜこんな議論をしなければならないかという議論のモチベーションは、この辺りにあるはずだとわかれば、この難解なパートも多少読みやすくなるだろう。
パートⅤ「行動する」では、これまでの議論を振り返りつつ、具体的な行動——寄付、政治活動、よい考えの普及、子どもを持つことの検討(!)——を提案したり、キャリア選択について有益な助言をしたりしている[★10]★10。
「奴隷制廃止」が歴史の必然でないとすれば……
個人的に興味深く思われたのは、パートⅡ第三章「道徳の変化」である。この章では、奴隷制廃止をめぐる議論の通説——「当時、ヨーロッパやその他の植民地は産業化しつつあり、奴隷制は徐々に有益ではなくなっていた」ので、「奴隷制の廃止は、すでに瀕死の状態にあった制度に終止符を打っただけ」[★11]★11——が、歴史学の共通見解として放棄されていることを確認し、奴隷制廃止がいかに偶発性の高い出来事だったのかを論じている。
1833年に奴隷制が廃止される時点では、かえって奴隷貿易は急増していた。資本家にとって奴隷制は労働力として有益だったし、多くの奴隷は召使や性奴隷など産業化とは関係のない領域のものだったからだ[★12]★12。産業がいかに奴隷に依存しているかは、奴隷制廃止後のイギリスの砂糖価格を一瞥すればわかる。イギリスでは、砂糖の店頭価格が約5割も値上がりしたため、イギリス国民は、「7年間で2100万ポンドの出費」が強いられた。「これは当時のイギリスの支出の約5パーセントに当たる」[★13]★13。
またイギリス政府は、1833年の奴隷制廃止のために奴隷所有者に順次補償をしていたが、この費用のために1500万ポンドを借り入れていた。それが完済されたのは、2015年のことだ[★14]★14。この事例一つとっても、イギリスにとって奴隷制廃止が、「経済的」な動機ではないことは明らかだろう。
イギリスの事例以外も登場するのだが、いずれにせよ、「近代史上もっとも費用のかかった国際的な道徳的活動」と表現されるほどに、金銭的には負担のかかることだという歴史学者の知見をマッカスキルは確認する。そのうえで、奴隷制廃止がそうであるように、道徳観を変化させることが、経済的なインセンティヴだけでは引き起こしえない巨大な変革を生み出しうることの意義を強調する[★15]★15。
価値観の長期的変化にコミットする
長期的な価値変化にコミットすることは、非常に悠長なものであり、実際に道徳観が変化するか、変化したとして制度として実現されるか、そして、その制度が実効性を持つかといったことは、また別の話である。しかし、仮にそれらのことが実現したとき、非常に大きな影響力を持ちうることは間違いない。
そのためには、単に一つの考えを表面上置き換えるに留まらない、ある種の活発さが必要であるらしい。
イギリスで奴隷制が廃止されたあとも、全世界で奴隷が解放されるのは必然とは思えない。イギリスの運動家たちの努力にもかかわらず、そして自由主義思想がこれだけ広まったにもかかわらず、世界的な奴隷制廃止には1世紀以上の歳月を要した。1930年代に入ってもなお、エチオピア人口の推定2割が奴隷だった。エチオピアの奴隷制が廃止されたのは、ようやく1942年になってからのことだ。サウジアラビアとイエメンは、さらに遅い1963年だ。その時点でも、サウジアラビアにはまだ数万人の奴隷が残っていた。モーリタニアが奴隷制を廃止したのは1980年、奴隷の所有を刑事犯罪としたのは2007年になってからのことだ。世界的に奴隷制廃止を促す活動がもう少し活発でなければ、奴隷制は一部の国々でずっと長く続いていただろう。[★16]★16
ある種の過剰なパッションがなければ成立も持続もしないような道徳観の変化として奴隷制廃止を捉えることで、マッカスキルは、長期主義には「道徳観の変化」にコミットする道も開かれていると示しつつ、その活動にはある種の過剰さ、つまり非合理な情熱が必要だと示唆している。
未来に向けてどの価値観を廃絶し、どの価値観を発展させるべく熱心に活動するかということが、とても大切であることになる。そのうえで、社会の価値観を変えたいなら、文脈によって適用が異なるような「より抽象的(一般的)な道徳原則を広めるべきだし、具体的な道徳的行為を広めたいなら、より一般的な世界観と結びつけるべきなのだ。そうすれば、その道徳の変化を、先々まで重要で、未来に大きなプラスの影響を及ぼすものにできる」[★17]★17。
長期主義批判と、その問題点
しかしながら、長期主義は、起業家やビリオネアのあいだでエシックス・ウォッシュに用いられることがあると冒頭で指摘した通り、かなり毀誉褒貶が激しい[★18]★18。そうした批判の中で目立った三つのタイプを検討しておきたい。いずれも遠い人物からの批判ではなく、マッカスキルと近しい立場にあった人からの批判である。
最初の二つは、哲学者のエミール・トレスによるもの。トレスは、かつて効果的利他主義と長期主義の信奉者で、マッカスキルと組織的・思想的に近しいところで仕事をしていたが、今は批判の急先鋒となっている。ここでは代表的な批判と、好意的に見れば有意義になりうる批判のみを取り上げるが、トレスによる議論の大半は、テクスト読解としては無理があることをあらかじめ明記しておきたい。そして、第三の批判は、効果的利他主義の推進者であり、マッカスキルと近い立場にあるピーター・シンガーという倫理学者によるもの。順に見て行こう。
まず、トレスは、長期主義が、人類絶滅のリスクを軽減するという名目で、気候変動のリスクを過小評価する傾向にあると批判している[★19]★19。しかしマッカスキルは、気候変動に対処する重要性を強調し、気候変動のための有効な取り組みや寄付先などを列挙していることからわかるように、この批判は明らかに筋違いである[★20]★20。
それにもかかわらず、トレスは「マッカスキルは気候変動を過小評価している」と繰り返しているし[★21]★21、同じ批判が他の論者にも反復されている[★22]★22。この執拗さからもわかる通り、第一の批判は、とりあえず難癖をつけるための指摘であって、マッカスキルに届く妥当な批判とは言えない。ただ、哲学業界を越えて多数集まるこうした非難や難癖は、マッカスキルの理論的影響力の大きさを物語っている点で、一考に値する。
次に、環境学者のフィリップ・カファロに賛同しつつ、トレスはマッカスキルの人口倫理学を否定している[★23]★23。人口倫理学の説明が煩雑になるため詳細は割愛するが、この批判は、長期主義から人口倫理学(つまりパートⅣ)の削除を要求するものと理解できるとだけ指摘しておきたい[★24]★24。つまり、トレスの人口倫理学批判を好意的に解釈するなら、長期主義自体を否定せずに——その否定は、未来世代への配慮の否定になってしまうので——、長期主義の部分的修正を迫るものである。
最後に、わずかでも絶滅リスクが存在すれば、それを過大視する傾向をピーター・シンガーは批判している。絶滅や文明崩壊といった大げさなフレームを持ち出すことによって、現在の諸問題が些事化されてしまう危険性があるからである。「種の存続リスクのレンズを通して現在の諸問題を見ると、現在の諸問題がほとんど無に縮減される」だけでなく、「地球を越えて広がる」活動のほぼすべても、地球崩壊以降の「種の存続」にかかわるため正当化できてしまうとシンガーは論じている[★25]★25。
シンガーの批判は、イーロン・マスクのような長期主義の信奉者に向けられている。マスクは、火星移住という誇大妄想的な計画を「長期主義」の名の下に正当化してしまう[★26]★26。マッカスキル自身も述べているように、絶滅リスクから様々な行動を正当化し、宇宙開拓を優先的に正当化すべき主張として扱う「マスクの長期主義」を、「マッカスキルの長期主義」とは区別すべきなのかもしれない(実際、マスクの長期主義は「パートⅢ、Ⅳ」を過大視するあまり、他のパートでの長期主義的主張を些事化している)[★27]★27。そうすると、シンガーの批判は、長期主義の議論を基本フレーム(パートⅠ、Ⅱ)に限定することで、マスクのような誇大妄想的な長期主義を退け、穏健な長期主義を提案するものだと理解した方がよいかもしれない。
三つの批判から読み取れるのは、「最小限の長期主義」は維持するとしても、「マッカスキルの長期主義」(全部乗せ)を受け入れるかどうかは議論の余地があるということだ。未来世代への責任を進んで放棄するような極端な立場をとらないのであれば、誰しも「最小限の長期主義」は受け入れねばならない。しかし、その基本メニューに、どこまで追加メニューを乗せていくかということには裁量があり、私たちは、自分なりに適切な「セットメニュー」を作り出すことができる(その中には、イーロン・マスクのような誇大妄想的バリューセットもあるわけだが)。
マッカスキルの長期主義は、サンプルメニューにすぎない。だが、そのサンプルメニューは鮮烈な印象を残すがゆえに、読者に「自分の長期主義」(あるいはその欠如)を自覚させる力があるのだろう。批判であれ支持であれ、『見えない未来を変える「いま」』の読者は、みな饒舌に「自分の長期主義」観を語るのは、そういう理由があると思われる。
人々の景色を変えることができる稀有な哲学者と、その二面性
「世界は大きく、人間は小さい」。しかし、未来や同時代の人々の利益のためにできることはたくさんある。とりわけ、見落とされがちな未来世代のために、先進国で暮らす私たちが、何らかの社会的アクションを起こしたり、価値観を変えるよう努めたり、社会問題への有効なアプローチを行う組織や団体に寄付をすることの影響力は非常に大きい。
現在や未来の人々のための効果的な利他といっても、誰も未来への影響を完全に予測することはできないため、完璧な利他をなしうる人などいない。それはマッカスキル自身も認めるところだ。それでも、現在の私たちの行動が、未来世代の生きる世界をどんなものにするのか左右していることは確かだ。マッカスキルは、長期主義を理論化することで、そう考えて構わないと言える〈世界観〉を構築しようとしている。
どの長期主義セットを選んだとしても、「現在の自分の選択が未来世代の利益になるかもしれない」とエピックな期待を抱くことができる点は変わらない。そしてその期待はもしかすると、単に効果的な利他性をバックアップするだけでなく、「自分の人生の意味や主導権を握り直した」という実感をもたらすかもしれない。
善かれ悪しかれ、マッカスキルは、ビジネス業界や一般読者に巨大な影響力を持っている。EAのゲーム性は、英語圏のホワイトカラーを寄付文化や利他性に目覚めさせ、長期主義は、人々に未来世代を考慮させることに寄与してきた。人々の行動を実際に変え、世界を一変させる言葉を語ることのできる哲学者がほかにいるだろうか。この哲学者を中心に生じている文化的事象を無視することはできない。好むと好まざるとにかかわらず、彼自身やその支持者や批判者の存在感はあまりに大きく、私たちはその影響力の下にいるからだ。
だが、哲学に惹かれ、その道で若くして名を挙げたマッカスキル自身は、複雑な思いでいるようだった。「この本を出版した後で何をしようとしているのかを考えるとき、私には、このかなり広範な運動の知的な顔としての仕事があるのだと思うこともあるし、世界を見つめる独立した一組の眼でありたいと思うこともある」[★28]★28。
情熱的で責任あるアクティヴィストとしての顔と、冷静かつ分析的な哲学者としての顔。彼の思想にどの程度賛同するかどうかとは別に、マッカスキルのこの二面性を、私は一人の哲学者として好ましいとも頼もしいとも感じている。
★01 Walter Lippmann, Drift and Mastery, The Univ. of Wisconsin Press, 1985 ★02 読者に見方の転換や自己変容を促すようなレトリックが積極的に用いられている。それは、長期主義が〈世界観〉の問題だからだと思われる。 ★03 ウィリアム・マッカスキル『見えない未来を変える「いま」――〈長期主義〉倫理学のフレームワーク』、千葉敏生訳、みすず書房、2024、 p.1 ★04 ローマン・クルツナリック『グッド・アンセスター――わたしたちは「よき祖先」になれるか』、松本紹圭訳、あすなろ書房、 2021 ★05 EAの支持者の中には、寄付しさえすれば、甚大な所得格差が生じるほどより多く稼いだとしても倫理的に何も問題はないと居直るための免罪符として、EAを(誤って)捉えている人もいる。その一例と思われるのが、仮想通貨の取引業者であるFTXの共同創業者、サム・バンクマン=フリード(SBF)である。SBFは、民主党を含む諸団体に多額の寄付をしたEAの推進役の一人だったが、FTX破綻の背後で粉飾決算や詐欺を行い、有罪判決が下された。マッカスキルは、法を破ったこと、コミュニティ(顧客や従業員など)を裏切ったことを批判し、利他性の観点からEAに反するとSBFを批判している。彼は次のように述べている。「清廉さ、誠実さの重要性、常識的な道徳的制約の尊重をEAコミュニティは強調してきました」。「明晰な思考力を持ったEAは、『目的が手段を正当化する』という推論に強く反対するはずです」。右の投稿に続く一連のポストを参照のこと(2022年11月12日)。 https://twitter.com/willmacaskill/status/1591218014707671040 ★06 「単に、未来の人々もおおいに重要だ、と言いたいだけなのだ。自分の子どもたちをより重視するからといって、見知らぬ他人の利益を無視するわけではないし、同時代の人々をより重視するからといって、子孫たちの利益を無視するわけではない」 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』p.21 ★07 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』p.49 ★08 前著では、みなが注目して十分な資源が集まっている社会問題だけでなく、あまり注目を集めておらず、人的・金銭的・知的資源があまり集まっていない問題にも配慮した方がいいと相当な紙幅を割いて論じている。従って、「EAでは、みなが同じように同じ問題に取り組むものだ」と考えるべきではない。マッカスキル『〈効果的な利他主義〉宣言!』第10章の「見過ごされている度合い」に関する議論を参照。 ★09 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』第1章「未来は巨大」「未来の価値」を参照のこと。 ★10 「子どもを持つ」という提案については、個々人の問題だとして慎重に断定を避けてはいる。また、養子という選択肢や、作品や文化を「子ども」と捉えるような比喩的な読みを一応は許容する書き方になっている。しかし、マッカスキル本人が実際に、養子や比喩的な読みを主要な選択肢として念頭に置いていたと考える根拠は特にない。普通に読めば、彼は特定のセクシュアリティや特定のライフコースを念頭に置いていると考えるのが自然だろう。この箇所には、大いに問題があるし、私自身、この記述は本書の中でも最も受け入れがたく感じている。 ★11 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』p.86 ★12 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』p.88 ★13 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』p.86 ★14 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』pp.86-7 これ以外にも、イギリスが、条約、賄賂、軍隊の派遣など様々な手段を用いて、ヨーロッパの他の大国が奴隷貿易に参加しないよう圧力をかけたことが指摘されている。 ★15 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』pp.88-95 ★16 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』p.94 ★17 マッカスキル『見えない未来を変える「いま」』p.97 。「より具体的な道徳的行為」として、例えば、「帰宅後は石鹸で手洗いする」「医療行為の前に手を消毒する」などの事例、「より抽象的な道徳原理」として、「誰もが衛生に気を配るべきだ」などの事例を想定することができる。 ★18 Effective Altruism Promises to Do Good Better. These Women Say It Has a Toxic Culture Of Sexual Harassment and Abuse,” TIME, February 3rd, 2023 https://time.com/6252617/effective-altruism-sexual-harassment/ ★19 “‘What if everybody decided not to have children?’ The philosopher questioning humanity’s future,” The Guardianhttps://www.theguardian.com/books/2023/jul/22/pro-extinctionis-longtermim-effective-altruism-human-extinction-emile-torres ★20 例えば、『〈効果的な利他主義〉宣言!』pp.99-103, pp.142-8, pp.201-4、そして『見えない未来を変える「いま」』pp.34-40, pp.170-4を参照のこと。 ★21 “What ‘longtermism’ gets wrong about climate change,” Bulletin of the Atomic Scientists https://thebulletin.org/2022/11/what-longtermism-gets-wrong-about-climate-change/ ただし、トレスのマッカスキル批判の大半は、かなり強引な誤読、あるいは誤読をした誰かの追認である。 ★22 “Book Tour: On Being a Good Ancestor,” Ploughhttps://www.plough.com/en/topics/culture/literature/book-tour-on-being-a-good-ancestor ★23 カファロとトレスの議論は、マッカスキルの人口倫理学がひとまず未来世代の人口を念頭に置いたものであることを無視した批判であり、あまり妥当とは言えない。しかしその批判の当否とは別に、人口倫理学を拒絶した長期主義を要望することはできる。 ★24 エミール・トレスのように、最小限の長期主義までも否定することは、「未来世代に対してできることはほとんどない」という虚無的で無責任な立場を採用することに等しい。 ★25 “The Hinge of History,” Project Syndicatehttps://prosyn.org/uVH9no4 ★26 木澤佐登志『闇の精神史』ハヤカワ新書, 2023, pp.6-7 ★27 “How a Scottish moral philosopher got Elon’s number,” THE NEW YORK TIMES, October 10th, 2022 https://www.ekathimerini.com/nytimes/1195190/how-a-scottish-moral-philosopher-got-elons-number/ ★28 “The Reluctant Prophet of Effective Altruism,”THE NEW YORKER, August 15th, 2022 https://www.newyorker.com/magazine/2022/08/15/the-reluctant-prophet-of-effective-altruism

- 谷川嘉浩たにがわ・よしひろ
- 哲学者。1990年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。現在、京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。著書に『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(筑摩書房)、『スマホ時代の哲学』(ディスカバートゥエンティワン)、『鶴見俊輔の言葉と倫理』(人文書院)、『信仰と想像力の哲学』(勁草書房)、『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(さくら舎、共著)など。

