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アーカイヴとウェブ上の記憶をめぐる作業日誌#6

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    4月1日(月):「JapanKnowledge」という辞書サイトを毎日のように使っている。

     80以上のコンテンツ(パンフレットによる)を収録している辞書・事典類を検索できるウェブのサーヴィスだ。

     たとえば『日本大百科全書』『世界大百科事典』などの百科事典、『日本国語大辞典』『字通』『角川類語新辞典』他の日本語の辞書、『ランダムハウス英和辞典』をはじめとする英語の辞書、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ラテン語、中国語、韓国語の辞書、人名や文学、心理学、仏教、数学、物理、生物学、地学、法律などの辞典、これに加えて東洋文庫、日本古典文学全集、明治文学全集、文庫クセジュ、新釈漢文大系といった本を検索・閲覧できる。

     日々ものを書いたり考えたりする際、気になることがあると、最初に検索するのがすっかり習慣になっている。

     このJapanKnowledgeで調べ物をして辞書・事典や、各種の本のページを閲覧する際、ここに書き込みをしたり、項目に自分で追記をしたくなることが多い。これが本なら、付箋を貼ったり、マーキングしたり、余白にメモをしたり、ページの端を折ったり、自分で書いたページを挟み込んだりして、文章を自分の用途にあうように手を入れるところ。

     コンピュータの画面でも同様のことをしたい。書かれた文字を一方的に受け取るというよりは、いまの自分なりの理解や疑問を加えることで、このサイトならサイト全体を、自分にとって馴染みのある場にしたいという気持ちがあるのかもしれない。何度も訪れた場所について、自分の脳裡にもその場所のことが記憶されてゆくように。

     ウェブページに対しても、そういう感覚を抱けるようにできないものか、というのが私の関心事の一つでもある。

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    JapanKnowledge

    4月2日(火):クリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』を観た。

     アメリカの物理学者で、「原爆の父」とも言われるロバート・オッペンハイマーの伝記的な映画だ。

     カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによる評伝『オッペンハイマー』(上下巻、河邉俊彦訳、PHP研究所、2007/上中下巻、河邉俊彦訳、山崎詩郎監訳、ハヤカワ文庫NF、早川書房、2024)を原作というか下敷きにした映画で、もっぱら原爆開発のマンハッタンプロジェクトと、戦後にオッペンハイマーが巻き込まれた政治的な係争を中心としている。カメラはほぼオッペンハイマーに張り付いており、彼の視点とまではいかないまでも、オッペンハイマーが身の丈で見聞きした範囲におおむね収めていることが分かる。

     それだけに戦地の状況や広島と長崎への原爆投下とそこで生じた出来事については、直接の表現はない。といっても、表現していないわけではなく、その成果に熱狂する人びとの様子に重ねて暗示しつつ、彼が受けた印象を言葉にならないかたちで表している。

     映画では、無理もないことだが原作で三分の一ほどを費やしている、オッペンハイマーの不安定な青年時代についてはあまり多く描いていない。物理学はもちろんのこと、フランスの詩をはじめ、多様な方面の読書に勤しみ、古典ギリシア語やラテン語のほか、いくつもの言語に関心を示した、現代の文系・理系という区別に馴染まないタイプの人物が、長じて大量殺戮兵器の開発プロジェクトを率いる科学者となったという、簡単に理解したり割り切ったりはできないあり方を視野に入れるという意味では、映画を観た人は同書も読むとよいと思う。

     劇場でパンフレットを買おうと思っていたところ、売り切れていた。

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    4月5日(金):街や書棚や本のように、物理的な空間やものは、繰り返し訪れたり、何度も手にとることで、徐々に馴染みのような感覚が生じる。

     はじめて訪れたときには右も左も分からなかった街も、二度三度と足を運ぶつど、少しずつ土地勘ができる。やがては、見知った路地や建物については、記憶のなかで位置関係や様子を思い出すこともできるようになる。

     書棚でも同じことが生じる。よく通う書店については、棚の位置やそこに置かれた本のことをいつの間にか覚えてしまうものだ。書棚は日々本が売れたり、新たに入荷した本が入ったりして、少しずつ変わってゆくが、日頃から訪れて眺めていると、全体の基本的な配置が頭に入ることもあり、日々の変化はそこからの差分のようなもの、前回との違いのようなものとして認識できるようにもなる。

     さらには本についても同じことが起きる。何度も手にとってページを繰る本は、やがてその姿形はもちろんのこと、本全体の構造のようなものも頭に入ってくる。このとき、本の外見は存外大事で、馴染みの本は、自分の書棚に並ぶ背を見るだけで、その著者や内容について思い出すことができたりもする。本という存在そのものが、記憶の手がかりと言おうか、インデックスのような働きをするのだ。

     かつてのレコードやCD、DVDやブルーレイディスクとそのパッケージも同様の効果を持っていた。何度かそういうことを書いたことがあるが、私はあるとき、あまりにも大量の本で居住空間が圧迫されすぎたことを受けて、蔵書のうち1万冊ほどを自分で電子化し、集めていたCDやDVDをすべてコンピュータの記憶装置にコピーして、ディスクとパッケージはほとんど処分してしまったことがある(それで空いたスペースには本が置かれたのだからなんにもならなかったのだが)。

     その結果、愛聴していたアルバムでさえもやがて持っていたことを忘れ、また、DVDで繰り返し観た映画も、棚にパッケージを見かけることがなくなってからというもの、思い出すよすがを失い、記憶の底に沈んでいってしまった。

     加えて、せっかくコンピュータの記憶装置にデータを移したものの、量が量だけに数千とうちならぶフォルダ名をいくら眺めても、どこになにがあるかを把握することができない。あとは検索だけが頼りだが、よほどファイル名やデータを細かくつけておかなければ、音楽や映像を検索で探り出すのは簡単なことではなかったりもする。要するにほとんど死蔵することになってしまった。

     他の人の場合は分からないが、少なくとも私の場合、目に見えるところに思い出すためのブツが必要だと痛感したのだった。それで、自分にとって大事に思える本やCDや映画のディスクを、少しずつ買い直していたりする。まったくの阿呆である。

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    買い直したゴダールのDVD

    4月10日(水):大学の新学期が始まった。

     2021年から東京工業大学のリベラルアーツ研究教育院に所属して、学部や大学院で哲学を担当している。この季節になると新学期が始まるというので、講義の準備も慌ただしくなるのだった。

     講義ではスライドを使う場合もあるが、できれば黒板にチョークで文字や図を書きながら話したい。理由は簡単で、聴く人が、耳にしたことを頭や心に染みこませたり、考えたりする時間をつくりたいと思っているからだ。

     チョークでカツカツと文字を書くのは、動画を倍速視聴する人がいる時代に、いかにもまどろっこしく感じる向きもあるかもしれない。だが、話すペース、聴いて考えるペースという点では悪くないと思う。

     自分が聴講者の場合にしばしば感じることなのだが、文字や図をぎゅうぎゅう詰めにしたスライドを次々とスクリーンに映しながら話すスタイルだと、目と耳と手が同時に忙しすぎて、かえって頭に入らないことがある。これが動画であれば、見直すこともできるが、目の前で一度しか行われない対面での講義はそうもいかない。

     黒板に書くもう一つの利点は、話が進むにつれて板書に書き足されてゆくので、図や思考が形成されるプロセスを示しやすいことがある。ものを書いたり考えたり話したり聴いたりすることには、テーマや聞き手の状態に応じてそれぞれ適度な速さがあるように思う。なんでも速くすればよいというものでもない。

     そんなこんなで、ものを読み書き考えるための道具として、黒板というインターフェイスについては、もっとよく考えてみたいと思っている。

     写真はJessica Wynne, Do Not Erase: Mathematicians and Their Chalkboards (Princeton University Press, 2021)という写真集で、2021年に紀伊國屋書店の店頭で出会ってジャケ買いをした1冊。「消さないで」という書名もいい。後にジェシカ・ワイン『数学者たちの黒板』(徳田功訳、草思社、2023)として邦訳されたようだ。

    つづく

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    山本貴光やまもと・たかみつ
    文筆家、ゲーム作家。1971年生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。コーエー(現コーエーテクモゲームス)にてゲーム制作に携わり、在職中から執筆活動を開始。1997年より吉川浩満と「哲学の劇場」を主宰。著書に、『文学のエコロジー』(講談社)『記憶のデザイン』(筑摩書房)、『心脳問題』(吉川浩満と共著、朝日出版社)など多数。

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