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コンパクト・シティは人口減少都市の救いとなるか
ドイツの縮小都市政策に学ぶ(前篇)
日本の人口減少が止まらない。人口減が加速する自治体の消滅も現実味を帯びてくるなか、一つの解決策として取り組まれているのが「コンパクト・シティ」政策である。人口減により都市機能や行政サービスの維持が難しくなる前に、街の中心部や結節点に住まいや公共交通網、商業施設などを集積し、自家用車による移動エネルギーを減少させることで、持続可能な都市をめざすという試みだが、そのアプローチはさまざまだ。ドイツの縮小都市政策に詳しい服部圭郎氏に、ドイツの取り組みとともに、効果的にコンパクト・シティ政策を進めるための要件や日本の課題についてレポートいただく。
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Contents
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人口が減る自治体、増える自治体をわけるもの
2022年10月時点での日本の総人口は1億2495万人である。2010年から12年連続で人口減少となっている。日本の人口のピークは2008年の1億2808万人であったから、この15年ほどで総人口は2.5%ほど減ったことになる。15年間で2.5%というと、それほど大騒ぎをすることはないのではと思うかもしれないが、これはあくまでも平均値であるため、都市・地域レベルでみると、2000年から2020年の20年間で大きく人口減少をしているところもあれば、増加しているところもある。
図1は2000年から2020年の国勢調査の自治体ごとの人口増減のヒストグラムである。この図が示すように、この20年間で人口が40%以上減少している自治体数が54(全体の3%)ある一方で、40%以上増加している自治体数は16(全体の1%)ある。このように、人口増減においては大きな地域差があるのだ。

- 図1 2000年から2020年の国勢調査の自治体ごとの人口増減のヒストグラム
(出所:国勢調査のデータをもとに筆者作成)
ちなみに、人口が50%減少している自治体では、福島原発周辺の7自治体(双葉町、大熊町、浪江町、富岡町、飯舘村、葛尾村、楢葉町)が上位を占めるが、それ以外だと奈良県の川上村、野迫川村、上北山村、熊本県の球磨村、群馬県の南牧村、上野村、北海道の夕張市となる。一方で人口が50%以上増加している自治体は東京都の中央区、港区、千代田区、大阪市の浪速区、北区、西区、中央区といった大都市の都心部、さらには三重県朝日町、埼玉県滑川町、熊本県菊陽町といった政令指定都市のベッドタウンとなっている。
人口減少と人口増加をわける要因は何か。人口変化の動向をより詳しく分析するために、自治体の人口規模別に2000年から2020年の人口減少の割合を自治体の数で示したものが図2である。これより、人口減少率が高いのは人口規模が小さい自治体であることが如実にわかるだろう。

- 図2 自治体の人口規模別にみた2000年から2020年の人口減少の割合(自治体数)
(出所:国勢調査のデータをもとに筆者作成)
人口減少により加速する負のスパイラル
人口が減少することでどのような問題が生じるのであろうか。まず、地域経済的には市場が縮小するために、そこに住む人たちに生活サービス・商品を供給していた小売業が少なくなっていき、しまいには「買物難民」が生じたりする事態を招く。ガソリンスタンドのように、それがなくては生活の死活問題となるような店舗も閉店したりする。生活必需品を市場経済が供給できなくなる、という問題が生じるのだ。
また、地域の公共交通サービスはそもそも赤字ではあるが、その赤字は人口減少が進むにつれてさらに悪化する。赤字に対応するために、運行頻度を減らす、ローカル線であれば廃線にする、といったことをしていくと、自動車の運転に難儀する高齢者がどんどん交通弱者へと転落していく。
加えて、行政サービスも人口減少によってコスト高になる。これは、規模の経済が効かなくなるからだ。公共施設の運営効率は悪化するし、社会基盤の維持管理費も上昇する。人口が減少することで、行政職員の一人当たりの負荷は増す。というのも、行政サービスは人口が減少したからといってメニューを削るわけにはいかないからだ。雪が積もれば道路の除雪をしなくてはならないし、火事が発生したら消防署は消火しにいかなければいかない。これらの行政サービスを提供することは人口の多寡とは関係がない。そして、行政職員もいたずらに減らすことはできない。人口減少は公共教育も一人当たりのコストを高騰させ、学校の閉校、統廃合が進む。その結果、さらに生活の質が悪化し、人口減少の負のスパイラルが転回していく。
土地利用的な問題としては空き家が増加することが問題となる。空き家の増加は、集合住宅であれば共益費の負担増につながり、それが公共住宅であれば行政のコスト増につながる。下水道・上水道、ガス・電力といった社会基盤維持管理のコスト増にもつながる。また、空き家が増えるということは、荒廃している都市イメージをつくりだす。その結果、都市の魅力が低減し、さらに人口減少を促進させるという負のスパイラルが転回する。事態はどんどん、悪化していくのである。

- 島嶼以外では最も人口が少ない自治体の一つである高知県大川村。役所の人数はある一定数以上、削ることはできず、そしてそのような役場で働く公務員一人当たりの仕事は膨大だ。
「コンパクト・シティ」は都市のスプロールがきっかけ
人口減少問題が深刻化するなか、最近、人口減少に対応するために都市構造をコンパクト・シティ化すべきであるという主張が散見される。本来、コンパクト・シティという考え方は、都市の人口が増加しているフェーズにおいて、都市をいたずらに郊外へと拡散させないために、なるべく都市の密度を高めるための方策として提案されたものである。それはサステナブルではない郊外開発を抑制するために土地利用の規制が厳しいドイツやオランダの都市モデルをわかりやすく言語化したものであった。そもそも市街地を城壁で囲むといった都市づくりをしてきた欧州にはしっくりなじむコンセプトである。
“The Compact City : A Sustainable Urban Form?”(『コンパクト・シティ サステナブルな都市構造か?』マイク・ジェンクス他)という1996年に出版され、その後、海道清信氏を介して日本の都市政策にも大きな影響を与えた本があるのだが、これはドイツ、オランダといったコンパクト・シティが都市の規範である国ではなく、じつはイギリスで出版されたのは興味深い。当時のイギリスは郊外においてショッピング・センターが立地することの問題が議論されたり、サステナブルな社会のあり方に関心が向かっていたりした。つまり、人口減少に対応するための「サステナブル」という論点よりも、むしろ人口増加による都市の面的拡張、そしてそれに伴う人口密度の低下にどのように対応すべきか、という観点からコンパクト・シティの有効性が述べられていたのである。そうした意味では、イギリスは欧州の中でも、人口減少の問題がそれほど論じられてこなかった国と言っていい(一部、マンチェスターやリバプールなどの工業都市の人口減少が問題となっていたが、それは現在の日本のように構造的な問題ではなく、都市ごとの個別の問題として捉えられていた)。
1990年代はまさにアメリカにおいても郊外化によるサステナビリティの危機、自然環境破壊などが強く論議されていた時代であり、バンク・オブ・アメリカが『郊外の費用(Cost of Sprawl)』を発表するなどして、野放図な郊外開発の問題を強く訴えていた。これらの動きは、政策的にはオレゴン州のポートランドが大都市圏において成長境界線を敷く制度を設けたり、ヴァーモント州が郊外における大規模ショッピングセンターの立地を難しくする制度を導入したりすることにつながった。
また、自動車ではなく、公共交通の結節点をまちづくりの核にしようと提案するトランジット・オリエンテッド・デベロップメント(公共交通優先まちづくり)や、自動車が普及する以前の都市構造を再現するネオ・トラディショナル・デベロップメント(新伝統的開発)などのコンセプトが提案され、実際、そのようなコンセプトでの街づくりも具体化された(前者はコロラド州のステープルトン、後者はフロリダ州のシーサイド等が有名)。これらも広義で捉えると、コンパクト・シティ的な動きというように捉えられなくもないが、その背景には野放図なスプロールの抑制、そして活力を喪失した都心部の再生、という政策課題があった。それは、郊外化することで都心部の人口密度が低減することで、自動車移動距離が増大すること、さまざまな行政サービスの効率が悪化すること、貴重な緑地が失われること、都市部の魅力が失われること、といった課題を解決しようとする試みであると考えられる。

- アメリカ版のコンパクト・シティであるステープルトン。ただ、現地を訪れるとその人口密度の低さに驚く。アメリカのコンパクトは日本ではエキストラ・ラージに近い。しかし、これでも一般的なアメリカの郊外住宅地よりは人口密度ははるかに高い。
ドイツにおける都市縮小の試み
さて、それではなぜ、人口減少下においてコンパクト・シティ化することが提言されるようになったのであろうか。それは人口減少により人口密度が減少し、饗庭伸が『都市をたたむ 人口減少時代をデザインする都市計画』(花伝社、2015年)で指摘したように、空き家や空き店舗、空き地が増加し、「都市のスポンジ化」が進むからである。この都市のスポンジ化と表現されるような人口密度の低下は、前述したような行政サービス等の効率の悪化を促す。
日本より一足早く人口減少を経験したドイツの場合、2002年から都市の縮小計画を自治体が策定することを連邦政府が支援してきた(シュタットウンバウ・オスト・プログラム)。このプログラムの補助金を受けるためには、自治体は縮小に対応した都市マスタープランを作成しなくてはならないのだが、そこでは、どのように都市を縮小させるか、ということをしっかりと記述することが補助金を受けるためのカギとなる。
それらは、大きく三つの方針があり、①周縁部から中心へと縮小させる(図3)、②複数のセンターへと縮小させる(図4)、③いくつかのクラスター的拠点に集約させる(図5)に分類できるかと思われる(これに関しては、現段階ではまだ調査途上であり、筆者の仮説として捉えていただきたい)。
①の事例としてはコットブスス市、ホイヤスヴェルダ市、②の事例としてはアイゼンヒュッテンシュタット市、③の事例としてはデッサウ市が上げられる。いわゆる、日本的なコンパクト・シティの事例は①になると思われるが、三つの事例とも「選択と集中」というアプローチであり、トータルとしての人口減少が進展しても、「選択」された地区は人口密度を維持させることを目的としている点が共通している。人口密度を維持するためには、ある場所に人口を集積させ、コンパクト化を図ることが重要なのである。

- 図3 コットブス市がマスタープランで示した、将来の望ましい都市のあり方。スポンジ状に縮小するのではなく、周縁部から中心部に向けて徐々に縮小していくことが望ましい、としている。(コットブス市の資料をもとに筆者作成)

- 図4 アイゼンヒュッテンシュタット市は三つの核に集積させていくという将来像を提示した。これらの三つの核は、中心市街地と歴史的村落に加えて、縮小政策を策定する以前に団地のリノベーションをしてしまったため銀行が縮小計画に反対したから、という理由だけで残された地区である。このように、ドイツの縮小計画も都市計画的な判断以外の要素で決まったりする場合も少なくない。(筆者作成)

- 図5 デッサウ市は島のように残す核を決めた。このユニークな提案は、デッサウ市の都市計画のコンサルタントを担ったバウハウスのものである。バウハウスのメンツがかかっていたので平凡な縮小案を提示できなかったのではないか、と個人的には邪推している。(出典はStadtumbau 2010の資料)
このように人口減少が進展していく場合、ある程度の密度が確保された集積された地区が、都市機能を維持させていくうえでは不可欠であり、そのためにコンパクト化、つまり集積している空間と集積していない空間をしっかりと区別させることが求められるのである。実際、ドイツの場合、「周縁部から撤去する」タイプのコットブス市でも、「複数のセンターへと縮小させる」タイプのアイゼンヒュッテンシュタット市でも、縮退すると指定された地区はほぼ100%、住宅を撤去している(服部、2016)。

- ここには社会主義時代のプレハブ団地が立地していた。いまでは撤去後の茫漠たる草地が広がっている。アイゼンヒュッテンシュタット。

- 倒壊する直前の社会主義時代に建てられたプレハブ団地。すでに住民は全員、撤去させられている(引っ越し代は住宅会社持ちで、引っ越し先も斡旋されている)。アイゼンヒュッテンシュタット。
コンパクト・シティ化に適した都市の規模とは?
しかし、コンパクト・シティのモデルを人口が減少する自治体に一律に適応すべきか、というと、それは違うであろう。まず、大前提として、人口が大きな都市にはコンパクト・シティは不適切である。これは、大人に子供服を着せるようなもので、大都市の長所を殺してしまう。人口密度なども勘案して考えなくてはいけないが、コンパクト・シティのモデルを適応できるのは最大でも人口60万人程度ではないだろうか。それ以上の人口を擁するような都市であれば、むしろコンパクト・シティではなく、中心部以外の周縁部にもサブ拠点のようなものをいくつか設けて、集積の不利益、集中の不利益に対処すべきである。
コンパクト・シティを志向して、拠点に集中した結果、その拠点が溢れかえってしまうほど人口が多くなるようであれば、そもそもコンパクト・シティを志向するのはナンセンスである。コンパクトは「小ぶりの」という意味である。人口が多い時点で「小ぶりの」というのはおかしい。むしろ、規模の経済をその都市を拠点とする広域地域のために活かすことを考えるべきだろう【★01】 ★01。そのような都市に企業や人々はコンパクトを求めているわけではない。そもそも、成長を促す経済力があれば、そのような都市は必然的に人口密度が高くなり、コンパクト・シティのメリットとなる要件を勝手に満たすことになる(そのデメリットも生じるので、それに対応することがむしろ求められる)。
前述したジェンクス等が著した『コンパクト・シティ』では「コンパクト・シティは、中心核を持つ多くの歴史的なヨーロッパ都市をモデルとしており」と記されている。ここで、ヨーロッパ都市のスケールを考慮する必要がある。たとえば、ロシアを除いた欧州の人口の多い国は順にドイツ、イギリス、フランスであるが、それらの国の都市を人口別に示したのが表1だ。これより、日本の都市が欧州の都市よりいかに大きいかがわかると同時に、欧州の都市がコンパクトを志向できるのは、そもそもの規模が小さいから、ということが理解できるだろう。

- 表1 国別の都市人口ランキング(単位:万人)
(出所:StatistaのWebsiteから2021年のデータを抽出した)

- 日本でもトラムで有名なシュトラスブルクであるが、フランスで8番目の都市といっても人口は29万人である。ちなみに日本で8番目の都市は神戸市で人口は152万人。
さらに、日本の場合はその自治体が周辺の自治体をも含む巨大な都市圏を形成する。たとえば福岡市の人口は統計的には157万人であるが、周辺の郊外自治体をも勘案すると、その都市規模は350万人ぐらいに相当する。このような都市人口と大都市圏人口の大きな差異は、たとえばドイツのように郊外開発を土地利用面で規制している都市では見られない。
図6はベルリン、パリ、ロンドン、東京、大阪、福岡の都市人口と大都市圏人口を円の面積で示したものであるが、これより、ベルリンの都市と大都市圏との人口割合の差が小さいことがわかる。これは、ルール地方のように都市が連担したところを除けば、他のドイツの都市でも一般的にみられる傾向である。また、この図から、いかに日本の都市圏が欧州の都市と比べると巨大であるかがわかる。東京、大阪、福岡はコンパクト・シティの計画を策定していないが、このスケールの大きさでコンパクト・シティにすることは、大人どころか巨人に子供服を着せるような頓珍漢なことであることが理解できるであろう。

- 図6 欧州と日本の大都市の都市人口と大都市圏人口の比較
(出所:各国の統計資料などをもとに筆者作成)
日本の自治体では、2023年7月現在、686都市が日本版コンパクト・シティの「立地適正化計画」の取り組みを行っており、527都市が計画を作成し、公表している。これらの都市を人口別にヒストグラムを作成したものが図7である。この図より人口50万人以上の自治体でもコンパクト・シティの取り組みを行っていることが見てとれるが、先述の通り、人口が大きな政令指定都市がコンパクト・シティを志向することはほとんどナンセンスといわざるをえないだろう。

- 図7 立地適正化計画を策定(策定中)の自治体の人口規模別ヒストグラム
(出所:国勢調査のデータをもとに筆者作成)
★01 そのような愚の最たるものは東京オリンピックのコンサプトを「コンパクト・オリンピック」にしたことである。これは、その前のオリンピックを開催したリオデジャネイロが会場を郊外に分散することで、郊外の拠点の都市インフラを整備したこととは対照的である。リオデジャネイロはオリンピックを「都市計画の手段」として捉えたが、東京はオリンピックそのものが目的となってしまった。そのような戦略性の無さは、コンパクト・シティを手段として捉えずに目的としてしまっている構図と相似している。
(後篇へつづく)