V9-1
作家への5つの質問
2024年3月のd View

- 《Roma-Roma, no.1》
2つの場所の共通項はローマという地名/oil on gelatin silver print, 37x49cm, 2004 ©Yuki Onodera
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Contents
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Q1 あなたにとっての原風景を教えてください。
幼少期は引っ越すことが多く、しかも都会でも田舎でもない曖昧な都市の郊外、新興住宅地という退屈な場所でしたから記憶にある風景ははっきりと像を結びません。
そんな中で記憶の断片として残るのは彼方此方にあった「空き地」です。名付けられていない場所。目的が明らかでない場所。バラ線で囲われている場所。仮の場所、無個性な場所。いま考えてみると空き地という独特な場からのメッセージは、高度成長期の政治というコンテクストを超えて私の記憶のどこかに着地し作品制作に影響を及ぼしているような気がします。
父も母も東京出身でしたので、夏休みに故郷の田舎へ遊びに行く同級生が羨ましかったのを覚えています。ニューファミリーのはしりでしょうか、そのかわり夏は家族でキャンプをしながら登山、冬はスキーと、当時(60~70年代)はまだそれほど多くなかったレジャーという形で自然の風景と接する機会はかなり多かったと思います。
そして1993年からパリに移り住み、国を離れたことで故郷を持てたということでしょうか。フランスと日本。この二点の場所の往来が主だった頃は日本を故郷と考えていたようです。ところが一方の点がアジア各地に広がり始めてから、故郷は大きな広がりを持ったアジアという存在へと変わっていきました。私の原風景はアジア的な懐かしさの中に像を結んでいきそうです。
Q2 あなたをもっとも遠くに誘った作品や体験がありましたら、教えてください。
奇妙な体験があります。今いる場所から地球上で最も遠い場所(つまり真下にある地球の裏側)へ移動するというシリーズ「オルフェウスの下方へ」の制作中の時です。
失踪者が泊まったマドリッドのホテルの一室で撮影を終わらせ、その部屋のベッドで寝ている時です。私はこれからベッドの真下の遥か彼方へ向かうのだと考えると、風船のような薄い膜の上に自分が浮いているいるような感じになり、ベットの下の地球は本当に空洞の玉に感じられたのです。夢と覚醒の間で、不思議な恐怖を味わいました。たぶん肉体的な疲れのせいでしょうが、真っ逆さまに落ちていくような感覚でした。自分が構想したストーリーの罠に自らかかってしまったのか。
それから続いて地球の表面を飛行機で移動しちょうど反対側のニュージーランド北島の一地点、マドリッドのホテルのベッドの真下に到着した時です。今度は自分が前に居た場所が上空の彼方にあるような感覚に襲われ、その後、夜になって満天の星空を見上げた時は天空に落ちていくようで引っくり返りそうになりました。その時、これはいわゆる楽しい旅とは別種のものでやってはいけないことだと感じたのです……
Q3 作家として視界が開けたと感じた作品がありましたら、教えてください。
いつまで経っても視界は開けず、混沌の中で作品制作が続いています。
とはいえ現在制作中の 《Darkside of the Moon/月の暗い裏側》のシリーズは、今までの私の仕事の中では最も写真の写真性に迫っているのではと密かに自負しているのです。撮影、現像、プリント、そして得られた写真の解体を通して、自分の写真がまるで他者の写真となっていくのです。
確かに、私はある場所である時にそれらの写真を撮ったのですが、ひとつのイメージが矩形に二つに切り分けられ、片割れが隣のイメージに移植された途端に「そこ」と「その時」は蒸発し、強引に移植されたイメージ同士の衝突と融合の中で、視線は一箇所に向かうことなくウロウロしたりジャンプしたり、気がつくと気にも止めなかった細部に着地しているのに気付いたりするのです。写真家が意図せずに偶然カメラが取り込んでしまった物たち、その偶然性こそが面白いのではと思っています。
Q4 今回掲載した作品について、教えてください。
「遠くを眺める」、「遠くへ誘ってくれる」がテーマと聞き嬉しく思いました。私としてはこの「遠く」は幼少期から憧れるもので本来的な習性とも言えるからです。それは逃亡願望へと繋がるような気がします。というのも子供の頃から脱獄モノの映画を見るのが好きだったのです。とはいえ受け入れ難い現実があり、そこから逃避したいと思っていたわけではありません。私にとっては走ることも逃げることもそれ自体美しいものと感じていました。
また遠いところはたとえそこに赴かなくとも「遠い」という理由だけで謎めいていて素晴らしいし、現実の移動は距離があるほど身体感覚に与える不思議な影響が得られる。このことは見るという事とも反響し合って私の作品中に現れています。今回はその辺りに焦点を当て作品をセレクトしました。
Q5 あなたの指針になっている言葉・本などがありましたら教えてください。
いつもいろいろな言葉が錯綜し駆け回っていますが、たとえば「バタフライ効果」でしょうか? 私流に言い換えると「ウランバートルの一匹の蝶の羽ばたきがアルゼンチンで竜巻をひき起こす」。そうであれば「アーティストとは砂漠のただなかにメッセージを発すること……」(ジャン・フランソワ・リオタール、『知識人の終焉』より)にもこの効果が期待できる。ひとり孤独に荒野で叫べば、巡り巡って何かが返ってくるかもしれない。些細なことがスケールの大きな出来事の起因になり得ると思うと、小さな一撃を起こしたくなってきます。

- オノデラユキ
- 1962年東京生まれ。1993年よりパリにアトリエを構え世界各地で活動を続ける。 カメラの中にビー玉を入れて写真を撮影したり、事件や伝説からストーリーを組上げ、それに従って地球の裏側にまで撮影に行ったり、あらゆる手法で「写真とは何か」「写真で何ができるのか」という実験的な作品を数多く制作し、写真という枠組みに収まらないユニークなシリーズを発表。さらに自分自身で2m大の銀塩写真をプリントし、油絵の具を使ってモノクロ写真に着彩するなど、数々の独特な手仕事の技法でも知られる。 その作品はポンピドゥ・センターを始めヨーロッパ各地の美術館、サンフランシスコ近代美術館、ポール・ゲッティ美術館、上海美術館、ソウル写真美術館、東京国立近代美術館、東京都写真美術館など世界の美術館にコレクションされている。 主な個展に国立国際美術館(2005)、上海美術館(2006)、東京都写真美術館(2010)、ソウル写真美術館(2010)、フランス国立ニエプス美術館(2011)、ヨーロッパ写真美術館、パリ(2015)、ムジャン写真センター(2022フランス)などがある。 主な受賞に、木村伊兵衛賞(2003)、ニエプス賞(2006フランス)、芸術選奨賞(2011)、東川賞(2011)がある。