F3-2
生命の新たな定義
人工生命の探求
AIに生命が宿る未来は来るのだろうか? 生成AI、VR/AR、メタバース、BMIといった新しいテクノロジーの出現により、「生命」と「環境」の境界が揺らぎ始めている。その境界をさらに突きつめようとするのが、コンピュータを駆使して生命をシミュレーションする研究分野「ALIFE(Artificial Life:人工生命)」だ。生命とは何か? 心とは何か? 生命の〈わからなさ〉を追いかけ、ALIFE研究を牽引する最前線の論者たちに生命とAIの未来をたずねた。
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Contents
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「ルンバっていきもの?」
わたしの3歳になる子どもは「いきものクイズ」という遊びをするのが大好きだ。「れいぞうこっていきもの?」や「りんごっていきもの?」、「うさぎっていきもの?」、「ごきぶりっていきもの?」と、何が生き物で、何が生き物でないかを当てるゲームを楽しんでいる。先日、「ルンバっていきもの?」と質問してきたので、「どう思う?」と聞いてみた。すると、「いきもの!」と答えてきた。驚いて「なんで?」と聞くと、「動くから」とのことだ。3歳児にとって、「いきもの」とは動くかどうかがその判断の基準のようだ。
「生命とは何か?」
この問いの答えはとてもむずかしい。生命と非生命を分けているものは何か?生き物は作れるのか?生命の本質に関するこれらの問いは、科学だけでなく哲学における中心的なテーマであり、何世紀にもわたって探求されている。
この探求の過程で、人類はDNAを発見し、クローン細胞や幹細胞などの遺伝子工学によって新しいゲノムをデザインすることも可能になっている。
これまでにも多くの科学者や哲学者が「生命とは何か」を定義しようと挑んできたが、すべての学者が同意する明確なひとつの定義があるわけではない。
そして「生命とは何か?」を、作り出すことで理解しようとしているのが人工生命(Artificial Life、ALife)という研究分野だ[★1][★2]。「人工生命」という言葉を提唱したクリストファー・ラングトン(Christopher Langton)は、「人工生命は、生命というものを”我々が知っている生命(life-as-we-know-it)”に限らず、”ありうる生命(life-as-it-could-be)”を通して説明するものである」と定義している[★3]。
「我々が知っている生命」とは、地球に存在する(したことのある)生命のことである。一方、「ありうる生命」とは、「生命特有の性質をもつ、あるいは生命特有の振る舞いを示す」のであれば、生命とみなしうるとする。DNAや分子ではなく、コンピュータプログラムや無機物、あるいはロボットのようなハードウェアから作られた場合においても「生きている」と解釈する。
人工生命研究者が、生命の本質を「作りながら」理解しようとしているのに対し、生物学などの分野は、生命を「分析すること」で理解しようとする古典的な方法を取っている。しかし、この「作りながら理解する」方法は、人工生命に限った話ではない。人工知能や認知科学などの分野でも、人工的なシステムを作ることで知能や認識のメカニズムを探る方法がとられている。これらの分野で、システムを実際に作ることにより、その本質を理解するアプローチが重視されているのだ。
「生命を作りながら理解する」という目的からすると、現在の人工生命の研究はまだゴールにはほど遠く、生命の全貌を解き明かすには至っていない。個々の生命システムがもつ基本機能である、自己維持、パターンの形成、自己複製といった個別のメカニズムについての理解は進んできたが、完全に新しい生命体をゼロから作るレベルには到達していない。
絶えず進化する生命 オープンエンドな進化の挑戦
人工生命が実現していない理由は、人工生命の研究が始まって以来、乗り越えられていない壁と関係している。それは、絶えず進化し続ける「オープンエンドな進化(Open-Ended Evolution)」を生み出せていない、という問題である。「オープンエンド」とは日本語では「終わりがないこと」を意味する。地球や人間の文化・技術の進化は基本的にオープンエンドであり、新しいものを作り出し続ける創造的なプロセスのことを指す。
人間のイノベーションや地球の進化にみられる、オープンエンドなプロセスをどうやったら作り出せるのか。どのようなシステムにオープンエンドな進化が起こるのか、そのメカニズムはあるのか、人工的に作り出せるのか。このオープンエンドな進化のメカニズムを理解し、人工的に実現することは、人工生命研究の中心的な課題となっている。成功すれば、機械にも生命の持つ「創造性」を実現できる可能性があるからだ。
自然の進化が生み出してきた多様な生き物をみると、その驚くべき創造性に感じ入ることだろう。それをアルゴリズムに落とし込むことができれば、新しい商品を作る、新しいデザインを作る、新しい研究のアイディアを作るといった、斬新なサービスや技術を次々と生み出せるようになるはずだ。
3つの道 人工生命の多様なアプローチ
人工生命には大きく分けて3つの分野があり、それぞれ異なる「作りながら理解する」アプローチに対応している。
ひとつはソフトな人工生命である。生命のような振る舞いを示すコンピュータプログラムによるシミュレーションや、アルゴリズムを作る。ほとんどの人工生命はこのソフトなものに属する。ふたつ目は生化学的な物質から生命を作り出すウェットな人工生命。最後のハードな人工生命は、生命のような働きや動きをするシステムをロボットなどのハードウェアで作り出す。現状では、進化に伴い複雑さが失われ、やがて進化が止まってしまうという大きな課題は未だ残されているが、特に近年の進展は目覚ましく、着々とその実現に近づいている。
人工生命研究における「進化」のメカニズムは、基本的に「自己複製」と「突然変異」に基づいている。これは、生命体が自らを複製する際にエラー(突然変異)が生じることがあり、その結果として生まれた新しい個体が環境と相互作用を通じて生き残るか否かが選択(淘汰)される過程を指す。この繰り返しにより、進化が進行していくのである。
たとえば、ソフトな人工生命の研究では、トム・レイによるコンピュータの中にビットとバイトから構成される仮想生物が住む世界「ティエラ(Tierra)」[★4]や、カール・シムズによる仮想生物[★5]などがある。自己複製と突然変異という進化の仕組みをコンピュータで実装することで、寄生体と宿主や、敵対する個体間で互いにしのぎを削る進化競争を繰り返すような複雑な進化がはじめて実現され、研究者の間で大きな驚きをもたらした。
それから30年以上の時を経て、オープンエンドな進化の研究は、大規模言語モデルの登場により、新たな展開を見せている。たとえば、マインクラフトを使ったオープンエンドな進化の研究では、大規模言語モデルを搭載したキャラクターが、ゲームの仮想環境とうまく相互作用しながら、新しい道具を次々と作成していくといったことが実現している。その結果、木製の道具から、鉄製、そしてダイヤモンド製と、まるで人類の進化を模倣するような道具を作る方法を自律的に獲得する様子などが観察されている[★6]。
進化の源となる自己複製と突然変異の実現は、ウェットな人工生命の世界でも実現され始めている。試験管の中で細胞を自己複製させられないかという一連の研究は、ソル・スピーゲルマンによって1967年にはじまった[★7]。そして、2020年には東京大学の市橋伯一らの研究により、進化し続ける細胞(正確にはRNA)の実験に成功している[★8]。
また、2021年には、ジョシュ・ボンガットらの研究チームが、カエルの細胞から取り出した細胞を組み合わせることで、シャーレ内で動くなどして自己複製する生体ロボット「ゼノボット(xenobot)」の作成に成功している[★9]。こうした成功の裏には、ソフトな人工生命の研究で培ってきた、シミュレーション技術が生かされている。実世界で生体ロボットを組み上げる前に、有望な組み合わせ方をコンピュータ・シミュレーションで大規模に探索することで、効率的に進化させることができた結果だ。

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図2:「ゼノボット」
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Xenobot#/media/File:A_xenobot_in_simulation_and_reality.png
一方、もっとも歩みが遅いのがハードな人工生命である。部品をコピーすることはできても、人間あるいは他の機械なしに、自分自身だけで自分を組み立てられるロボットはまだ実現していない。しかし、この分野は人工知能技術を用いた制御技術の向上が目覚ましい分野でもある。こうした技術と人工生命技術がカップリングすることで、自己複製するハードなロボットの実現も可能となってくるかもしれない。
なぜいま人工生命か
このように大きな可能性を秘めた、注目されはじめつつある人工生命の研究だが、人工知能に比べて、その成果がこれまであまり認識されることはなかった。多くの人々は、人工生命は遠い未来の技術や自分とは関連性の低い抽象的な概念と考えていたからだ。その背景には、人工生命の研究が主に独自の仮想環境に閉じていたことも大きい。
だが、この状況がいま変わりつつある。
かつてティエラのような特定の仮想環境に限定されていた人工生命の実験が、現在では人工知能の実験で使われるプラットフォームや、マインクラフトや複合現実のような広く使われるプラットフォームで行われるようになっている。その結果、研究成果はより身近なものとして認識されるようになった。
また、人工知能の急速な進化が人工生命の可能性や実現性を高めている。人工知能の発展により、「ありえたかもしれない生命」という概念が現実味を帯びてきたのだ。
こうした中で、生成エージェント(generative agents)と呼ばれる、大規模言語モデルを搭載したAIキャラクターという新しい存在が注目されている[★10]。これらのキャラクターは人間のような会話能力を持ったり、感情を持っているように振る舞うことができる。近年、これらのAIキャラクターの能力や特性が進化し、それに伴い、彼らと人間との間の識別が難しくなりつつある。いつかは生命のような人工物が本当に出てくるかもしれない。そうしたときにどのように新たな生命体と共存するべきか、という問題が現実的な問題として急速に浮上してきているのだ。
人工生命分野の創設者であるクリストファー・ラングトンは、人工知能の発展に伴う課題を早い段階で指摘していた一人だ。それは「新しい生命体を人間が受けいれられるか」という課題である。人工生命の発展、あるいは人工知能の生命化が進んだ未来に訪れる可能性があるのは、人間とは異なる知性をもった生命体のいる世界だ。人工知能を搭載したエージェント、あるいは、ゼノボットのような生体ロボットに「知性」と呼べるようなものが創発してきたとき、それは人間が簡単に理解できるような知性のあり方である保証はない。そうしたものを受け入れるには、人間の意識を変え、倫理観さえアップデートされることが求められている。
人工生命の研究は単なる学術的興味を超え、我々の日常生活や未来のビジョンに直接影響を与えるものになってきている。今こそ人工生命に注目するときなのだ。
参考文献
★1. 岡瑞起『ALIFE | 人工生命——より生命的なAIへ』ビー・エヌ・エヌ、2022
★2. 岡瑞起、齊藤拓己、嶋田健志『Pythonではじめるオープンエンドな進化的アルゴリズム——発散型の機械学習による多様な解の探索』オライリー・ジャパン、2023
★3. Christopher G. Langton, "Artificial Life: Proceedings of an Interdisciplinary Workshop on the Synthesis and Simulation of Living Systems", Santa Fe Insti-tute Studies in the Sciences of Complexity, Vol.6, Redwood City, Calif.: Ad-dison-Wesley, 1989.
★4. Thomas Ray, "An Evolutionary Approach to Synthetic Biology: Zen and the Art of Creating Life," Artificial Life, 1(2):195-226, 1994.
★5. Karl Sims, "Evolving Virtual Creatures," In Proceedings of the 21st Annual Conference on Computer Graphics and Interactive Techniques (SIGGRAPH'94), pp.15–22, 1994.
★6. Guanzhi Wang et al., “Voyager: An Open-Ended Embodied Agent with Large Lan-guage Models”, arXiv preprint arXiv: 2305.16291, 2023.
★7. D. R. Mills, R. L. Peterson, Sol Spiegelman, "An Extracellular Darwinian Ex-periment with a Self-Duplicating Nucleic Acid Molecule," PNAS, 58(1):217–24, 1967.
★8. Taro Furubayashi, Kensuke Ueda, Yohsuke Bansho, Daisuke Motooka, Shota Nakamu-ra, Ryo Mizuuchi, Norikazu Ichihashi, "Emergence and Diversification of a Host-Parasite RNA Ecosystem through Darwinian Evolution," eLife, 2020;9:e56038, 2020.
★9. Sam Kriegman, Douglas Blackiston, Michael Levin, Josh Bongard, "A Scalable Pipeline for Designing Reconfigurable Organisms," PNAS, 117(4):1853–1859, 2020.
★10. Joon Sung Park et al., “Generative Agents: Interactive Simulacra of Human Be-havior”, arXiv preprint arXiv:2304.03442, 2023.

- 岡瑞起
- 人工生命研究者。筑波大学准教授、株式会社ブランクスペース技術顧問。1980年生まれ。人工生命技術、機械学習、深層学習を使ったデータ分析・活用の研究と、その社会実装に力を入れている。著書=『ALIFE | 人工生命――より生命的なAIへ』(ビー・エヌ・エヌ)、『Pythonではじめるオープンエンドな進化的アルゴリズム――発散型の機械学習による多様な解の探索』(共著、オライリー・ジャパン)、『作って動かすALife――実装を通した人工生命モデル理論入門』(共著、オライリー・ジャパン)など。 写真: ©水野聖二

