F1-8

手話の環世界

「ろう者」と「聴者」の距離

手話の環世界の画像

「視覚言語」と「音声言語」。こうした枠組みで世界を捉えたことがある人は、どれだけいるだろうか? 手話という視覚身体言語をつかう「ろう者」と、音声言語をつかう「聴者」。こうした分け方から世界はどのように見えるのだろうか?

映画作家で、ろう文化の向上をめざす活動もする牧原依里さんと、ろうの親のもとで手話を第一言語として育ち、視覚身体表現の可能性を探るインタープリターの和田夏実さん。

ともに手話を母語とするお二人に、DISTANCE.mediaの編集委員である塚田有那が、手話から捉えた世界の豊かさや、ろう文化を広め継承していこうとする活動について聞く。

手話通訳:小松智美
構成:宮本裕人
写真:高橋宗正

Contents

    ろう者の文化は継承されてこなかった

    塚田 今回の「DISTANCE これからの距離を考えるーー〈わかりあえなさ〉のコミュニケーション」という特集では、私たち全員が違う者同士であるという地点に立ってこの社会をもう一回見つめ直してみよう、という心持ちで、いろいろな方に「あなたの見ている世界について教えてください」と聞いているんです。それぞれが見ている環世界を交換し合っていくような、そんな実験をするための入り口として、今日はおふたりの話を伺いたいと思っています。

    まずはそれぞれの自己紹介と、これまでに取り組まれてきた活動について教えてください。

    牧原 牧原依里です。サインネーム(手話によるあだ名)は、こうやってします〔両手の人差し指をこめかみの近くでくるくる回す〕。「牧」っていう字は牛の手話で表す人が多いんですけど、私の親がこのサインネームを使っていたんですね。これはあんまりほかの人がやっていなくて「これで私だ」とわかるので、私も同じものを使っています。

    仕事は映画作家をしています。とはいえ映画や映像をつくるだけでなく「ろう者の芸術」をテーマに本当に幅広いことをやっているんですけど、このテーマには映画『LISTEN リッスン』(2016年、以下『LISTEN』)がきっかけで関わり始めることになりました。東京国際ろう映画祭を立ち上げたり、ろう者の演劇とそれにまつわる育成や支援、舞台演出と、もう多岐にわたっています。ろう芸術全般に関するクリエイターでありコーディネートや企画制作から運営まで、いろいろなことをしています。

    和田 和田夏実です。私はインタープリターと名乗ることが多いんですけど、通訳や翻訳を考えるなかで、その難しさや限界をひたすらに感じることが多くて。その難しさを感じながら、翻訳によってその場がどう促されるのか、どう盛り上がったら、より直接的な対話が起こるんだろう、ということを日々考えています。そのために、翻訳を介さずともお互いの感覚を引き出せるようなツールやゲームをつくったり、翻訳をするなかで実感してきた、言葉の意味やイメージの違い、聴者とろう者の世界の見え方の違い、それぞれの認識世界をテーマに研究活動をしています。

    「自分が翻訳するぞ」という姿勢で視覚身体言語の翻訳手法や自分自身の翻訳範囲を増やしていくというよりは、翻訳していくなかで気づく難しさをどう外化できるか、どう可視化できるか、という問いを通して活動が回ってるような気がします。

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    (左)牧原依里さん、(右)和田夏実さん

    塚田 ありがとうございます。おふたりで一緒に取り組んでいる活動は後半でお聞きしたいんですけれども、まずは牧原さんが監督された『LISTEN』(2016年、共同監督:雫境[DAKEI])についてお話を聞かせてください。私はこの映画を観て、登場する方々の表現にとても感銘を受けまして、「私たちにとって音楽ってなんだろう?」という原点を、もう一度思い返させてくれる素晴らしい映画だったなと思いました。牧原さんがこの作品をつくろうとした背景には、どんな想いがあったんでしょう?

    牧原 私自身、そして家族がろう者であることが非常に大きいと思うんですよね。母は完全なろうなんですけど、父はろうだけど聴力は軽いんですね。「聴力が軽い」っていう言い方をするんですけど、つまりアイデンティティはろう者でも、医学的に見た聴力はあるので音は聞こえるんですね。そして姉は聴力が軽い難聴者でアイデンティティはろう者ではない。

    そうした異なるろう者や難聴者が集まった家族なんですけど、父と姉はいつも家で音楽を聴いたり、ミュージックビデオを見たりしている。私もミュージックビデオを見るのは好きだったんですけど、そこでヘッドホンを着けてみてもまったく聞こえなかったんですね。音が鳴って、それが高い音か低い音かはわかるんですけど、歌詞で何と言っているのかまでは聞き取ることができない。それでもやっぱり、ミュージックビデオを見てすごく心地よさを感じていたんですね、音がなくても。一方で父はろう者なんだけど、聴者の文化から生まれている音楽というものに違和感がない。どちらかといえばむしろ積極的に関わっていく方で、私も子どもの頃はCD屋さんによく連れて行ってもらいました。そこで久保田利伸の「LA・LA・LA・LOVESONG」のシングルCDをジャケ買いしたこともあります。

    そうした子どもの頃の記憶があって、「聴者の世界の音楽ってなんだろう?」ということは小さいときからずっと気になっていたんです。でも私はヘッドホンをしても、「あ、聞こえないんだな」と思う。だから、ろう者はこの世界には入っていけないのかなって。それでもなんとなく、音楽というものはろう者のなかにもあるんじゃないか、という気持ちは持っていたんです。

    大学生のときに、ご夫婦で『LISTEN』に出演していただいた佐沢静枝さんの「サインポエム」に出会いました。これはろう文化から生まれたろう芸術で、聴者の世界に詩があるように、手話を使って表す詩になります。そのサインポエムに、手話のなかの非言語的なものが表れているような感じがして、すごく惹かれたんです。サインポエムは言語としての性質が強いので「サインポエム=ろう者の音楽」ではありませんが、そこにはもっと何か、音楽的な要素があるんじゃないか。そうした考えに目覚めることになりました。

    それから2014年に映画の学校に通い始めて、何を撮ろうかと考えていたときに、小さい頃から疑問に思っていた「ろう者の音楽はあるのか?」というテーマで撮ってみようと思ったんです。



    塚田 映画に出演されている米内山明宏さんの表現を見ると、本当に彼の内側から溢れ出る情景が見えてくる。上半身の動きだけで、これほど美しい情景を人に伝えることができるのかと感動しました。私たち聴者は「手話=言語」だというふうに考えがちですけど、そこには言語以上の奥深さがあると感じたんですよね。

    和田さんは『LISTEN』を見て、あるいは自分が育ってきた環境のなかで、音楽というものをどのように捉えていますか?

    和田 じつは、音楽に関しては「怖いな」というイメージが強いんですね。なぜかというと、学校のなかでもずっとよくわからなかったから。「親がサザンオールスターズ好き」みたいな話をみんなするじゃないですか。そうしたみんなの家のなかにある文化が、自分の家にはない。だからそこは自分が触れられない領域というか、音楽について聞かれるといつも、「あー、聞かれちゃった、どうしよう……」みたいなふうになってしまいます。

    『LISTEN』は両親と一緒に見たんですけど、なんて言うんだろう、この映画のなかには、本当にさまざまな「オンガク」があると感じました。「あ、これだ」って、身体の中から溢れ出す、家族との語りや生活の中にあったリズムや間、動きの味のようなものが、懐かしさとともに想起され、「オンガク」が少しわかったというか、つながった感覚があります。

    牧原 聴者の文化には長い音楽の歴史があるのに対して、ろう者の文化にはそうやって継承され、体系化されたオンガクの歴史がないんです。とはいえ、ろう者のなかにも手話を使った手遊びや言葉遊びみたいなものはあるんですよね。そういったものを継承する環境がなかったがために、生まれては消え、生まれては消えを繰り返している。だから私たちがいまやっていることも「新しい」と言われるんですけど、それはこれまで見えないところで失われつつあったろう者たちの文化をまとめて見せているだけなんです。

    なので、『LISTEN』はろう者の音楽の完成形を伝えているわけではなく、「これがろう者の音楽なんだ」というふうに捉えられると困ってしまうんです。それでも、みんなでそのことについて議論してほしいなという気持ちで映画をつくりました。ちなみにろう者の音楽は「オンガク」と仮に言っていますけど、それにあたる日本語はまだないんです。だからいま、日本語を借りて「オンガク(仮)」と呼んでいます。

    視覚言語の星、音声言語の星

    塚田 私も映画のなかで、音楽の授業が苦手だったとお話をされる方が多かったのが印象的だったんですね。そう考えると、日本人の多くの「音楽」というものへの理解が、そもそも学校教育によって非常に狭いものになっているんじゃないかなとも思うんです。

    私の個人的な話をすると、小学校3年生くらいのときから、ガムランっていうインドネシアの民族楽器を習っていたんですね。つまり、西洋音楽ではなく東洋音楽を学ぶ機会があったわけだけど、そうすると、小学校の音楽の授業では感覚がずれるんですよ。いわゆる西洋音楽で正しいとされるリズムとか音程を、私はなかなかキャッチできなくて。日本の学校教育で教わる「音楽」とは西洋音楽のことであって、それに合わせて正しく歌えること・楽器を弾けることが優れている、という価値観があると思うんです。だから単に違う国の音楽を習っただけでも、音楽に対する捉え方がこんなに違うのかという違和感がすごくあったんですね。

    でも本来音楽には、いまメジャーになっている西洋音楽のあり方だけではない、もっと根源的なもの──人が自分を表現をするために音を使い、それが音楽として文化になっていったような、もっと根源的なもの──があるはずだと、ずっと思っていて。そのなかで、牧原さんが『LISTEN』のなかで撮られていたろう者たちの表現を見て、彼ら・彼女らのなかで確実に何かが伝わり合っている様子を見て、「これはもう、人類が音楽を発見したときの根源じゃないか」と私は思ったんですよね。『LISTEN』という映画のなかで起きていることって、本当に人間の内側から音が溢れてきた、そういう状態なんじゃないかなと。

    だから牧原さんがいま言われた「オンガク(仮)」は、むしろ「オンガク(原点)」と私は呼びたいくらいです。あの感覚はろう者の方だけでなく、聴者も共有できると思ったんです。

    牧原 『LISTEN』を見てくれた聴者の方のなかには、同じようにそうした感想をおっしゃってくれる人がたくさんいるんですよね。でも『LISTEN』は聴者のためにつくったものではなくて、あくまでろう者たちに「ろう者の音楽」がある可能性に気付いてもらいたくて、そのことについて話してもらいたくてつくった映画です。だから出演者・制作陣も全員ろう者のチームでつくったんですけど、その結果、聴者の方から「音楽の原点を感じた」という意見をいただくことが多くて、不思議だなと思っていたんです。それはここで描かれるろう者の表現のなかに、音楽の普遍的なところがあるからなのかなと、塚田さんの話を聞いて思いました。

    塚田 もう一つ印象的だったのは、見えないものをお互いに受け取り合うような瞬間が、あの映画のなかにいくつもあったということ。たとえば、6人くらいの白い服を着たグループが踊っているシーンでも、あるときからグルーヴっていうのかな、本当にそれぞれが同じリズム、同じメロディーを共有しているような瞬間が現れたり。それから男女2人が表現されているときに、ふわっと風が抜けていったり、鳥が飛んでいったりするのを2人で見つけるシーンがあったり。示し合わせた台本はなかったはずなのに、その2人のなかに見えない物語がつながれていく。そうやって見えないものをコミュニケーションし合えるというのは、すごくおもしろいと思いました。

    牧原 撮影中にみんなで話していたなかで、ろう者が聴者のリズムに合わせるのと、ろう者だけでパフォーマンスをするのでは間の取り方が違う、という話がありました。「わかるわかる、それってなんでだろうね」って。手話ができる聴者と話すときでも、やっぱりリズムは違うんですよね。それはきっと身体の違いで、まだ言語化して説明はできないんですけど、声で話して育ってきた身体と手話という視覚言語で育ってきた身体の間には、間やリズムの取り方に違いがあるんです。

    だから私のイメージで言うと、障害やLGBTQ+といった多様性のなかにろう者が含まれるというよりも、まず「音声言語の身体を持った人」と「視覚言語の身体を持った人」がいる。そしてそれぞれの世界のなかに、多様な人たちがいる。そうやって言語の違いで枠組みをつくったほうが、しっくりくるんです。

    和田 住んでいる星が違う、みたいなイメージがあります。たまたま重力のかかり方が変わったか何かで、片方の星の人たちは地面の上に立っているけれど、もう片方の人たちは逆さまに吊られている。それでたとえば、それぞれの星で服をつくりましたというときに、お互いがお互いを見て「そんな服着ているんだ」とか「えっ、それを服って言うんだ」と驚くことになる。

    そんなふうに『LISTEN』という映画は、「音楽」という言葉を起点として、お互いの世界をそれぞれ発見していくような体験でもあると思うんです。この映画からろう者が受け取るもの、聴者が受け取るものは違うんだけれど、お互いが共有できるものも、この作品のなかには見出だせるんじゃないかなと思います。

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    (左)塚田有那、(右)手話通訳の小松智美さん

    手話という母語でどれだけ遊べるか

    塚田 和田さんはインタープリターとして、その2つの異なる星の間を翻訳している。そのなかで、冒頭にも翻訳の限界を感じたというお話がありましたけど、いちばんの限界だと思っていることはどんなことなんでしょうか? その限界をこうすれば超えられるかもしれない、と可能性を感じていることについても聞いてみたいです。

    和田 言語は本当におもしろいと思っていて。母語というのも本当にすごいなと思います。第2言語、第3言語を習得するのはもちろんいいことですけど、その前にやっぱり母語の世界を広げていくこと、その世界のなかでどこまで遊べるかが大切だなと思うんですよね。

    芸術関係の仕事で盲ろうの方への通訳をする時、「触手話」という、手を重ねて、手話に触れてもらうことで通訳をするんです。たとえば、ある作品について話すとき、音声言語では、ものの名前、つまりラベルを付けて説明をしますよね。そして通訳者は先生の話を聞いて、その語られた言葉を触手話で伝えていく。つまり、触覚で世界を見ている盲ろうの方にとっては、《(伝え手)ものー言葉/(受け手)受け取った言葉からイメージを想起する作業》と頭の中での翻訳がまた一つ必要になってくるわけです。

    でも、ものは目の前にある。しかも触手話の場合には、手でそのものの形をトレースするという方法であれば作品をそのままの形で伝えることができます。私自身の考え方としては、頭の中の翻訳という負荷をできるだけ減らして、直接その盲ろうの方にとっての世界の捉え方(触覚)のままに伝えられたほうがいいと思っているんです。そうやってその人の母語や世界の捉え方に近いところで、なるべく誠実なかたちでどこまで伝えられるのか、というところは翻訳をするときにいつも意識しています。

    でも逆に言うと、世界は同じということでもあって。「ここに椅子があります」という事実があって、それを見る人と、身体で感じる人がいる。でも「ここに椅子がある」ということは共通している。それに対していろいろな言葉や、いろいろな翻訳を通して伝えているわけですけど、どこまで遠回りをせずにその本質を伝えられるか、わかり合えるかというところをめざしたいなと思っています。

    牧原 音声言語同士の翻訳と視覚言語同士の翻訳、それから音声言語と視覚言語の翻訳でまた違ってきますよね。誤解を恐れずに言えば、視覚言語同士の翻訳って質が同じなので簡単なんですよ(もちろん難しいんですけれども)。だから、アメリカ手話と日本手話の翻訳では、視覚で得たものをそのまま視覚言語に変換することができる。音声同士も、音声ベースのものを音声言語に変えることができます。

    でも、音声言語のものを視覚言語に変える、あるいは視覚言語のものを音声言語に変えるのは本当に難しいと思うんですよね。質が異なっているので。身体が違うし感覚も違うので、本当にその間の翻訳って難しい。聴者の場合は、言語は声を使うものなので、身体と声は分断していると思うんですけど、手話の場合はそこが一つになってるので、話しているときにも急に言語じゃないものに切り替わる、みたいなことが起こるんです。そういうときにはとくに翻訳が難しくなってくると思います。

    私自身も手話表現を見ていて、翻訳できないけれど感覚的にわかる、ということがあります。見ていればその人の言いたいことはわかるけど、それを日本語に翻訳するとどんな表現にすればいいんだろう、と。そういう難しさはあります。

    和田 さっき母語で遊ぶのが大切っていうお話をしたんですけど、芸術とか文化のなかで、手話という言語を使った「遊び」が自然に生まれてくるような環境が、まだまだ多くない。母語で遊べる、表せる、つくれる、発想ができる、あるいは哲学的に考えられる──そういう環境をどう守って、育てていけるかが、個人的にはすごく大きなテーマだと感じています。そうやって自分たちの母語のなかでどうやって遊んでいけるのかを考えること、その遊びを通して新たな対話や文化表現が生まれていった時、まだ見ぬ世界が広がっているんじゃないかと思っています。

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    聴者のまなざしを介さない、ろう文化の豊さとは?

    牧原 今年5月に北千住で「〜 視覚で世界を捉えるひとびと」という展覧会をやったんですけど、手話からテーマをつくったので、日本語には翻訳できないタイトルになっているんですね。

    和田 これは「Re; Signing Project」をやられている管野奈津美さんがリーダーシップをとって進めてきた企画で、音声言語を名付けていくことでそのものを存在させるという方法から少し距離を置きたいなと思って「〜」というタイトルになったんです。サブタイトルは「視覚で世界を捉えるひとびと」。私たち3人がいままでにつくってきた作品をそれぞれ持ち寄って展示をしてみよう、というシンプルなところからスタートしました。

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    牧原 いままでは聴者が手話を題材とした作品をつくっても、やっぱり聴者の文脈がベースになっていることが多くて、「おや?」と思うことが多かったんです。現代アートは結局のところ聴者の世界から生まれて、定義付けられているので、手話とかろう者をテーマにしていても、結局それって聴者の見方だよね、と思ってしまう。なので、私たちろう者から見て逆に利用されていることに対する怒りもあって。そこで、本当にろう者やコーダ(ろう者の親を持つ聴者)を起点にして何かできないか、という考えからこの展覧会は始まることになりました。

    聴者からはちょっと距離を置かれるかもしれない、ちょっと違うなと思われるかもしれないけど、とにかく「ろう者の世界にはこういうものがあるんだよ」というのを見せたかった。でも結果的には、手話がわからない聴者の人でも字幕のない手話だけの映像作品を見て、「おもしろかった」「(手話の世界には)音声言語とは別の何かがあるかもしれない」と言ってくれたんですね。

    いままでアートを自分とは無縁なものと感じていたのは、やっぱりそれが聴者の文化から生まれたものだからで、なんだか自分たちには関係のない世界だと思っていたんです。でも子どもから高齢者まで、本当はみんながアートにはなんらかの関係があるはずで、実際に「〜」には高齢のろう者の方もけっこう来てくれて。そして私たちの作品を見て「あ、なんかわかる」と言ってくれた。「必要だったのはこれなんだよ」と思いましたね。

    和田 私も「手話からなる文化にはこういう世界にあるんだよ」「文化や芸術が心の中にある」ということを伝えたいという想いで、この10年間活動してきたところがあるんですけど、これまでは「へー、そうなんだ」という反応が多かったのに対して、今回の展覧会では「わかるわかる」というものが多かったんですね。

    「〜」では一般的な展示のように「一方的に作品を見せる」というよりも、当事者研究のように自分のなかにある体験や記憶を共有していくことによって、そこにろう者にも聴者にも共感できるものが生まれてくることになった。手話の表現には、こうしたやり方で見てもらえる場が必要なんですよね。場があって、作品を見てもらって、見た人のなかで変化が起こって、その人のなかからまた新たに考えが生まれる。作品について話をしていくなかで、「あ、そうだそうだ」ってどんどん思考が深まっていく──そういう体験が、来てくれた人たちの間でたくさん生まれていったところがありました。

    私は去年から「めとてラボ」という場で、それぞれの家の中にあるホームビデオやコミュニティが持っている映像を持ち寄って集めて上映会をする活動に参加しています。こうしたコミュニティを起点にアーカイブをしていくことを「コミュニティ・アーカイブ」と呼ぶそうです。これは単なるアーカイブを目的としたものというよりも、大きな社会や歴史に対する闘いなんだと思います。自分たちの記憶や歴史を集めて、育てていくことで、社会と闘っていく。「〜」の展覧会は、ある意味ではコミュニティ・アーカイブが作品を媒介にして広がっていくような場所だったように思います。それを見た人のなかにも、作品の種みたいなものが芽生えてくる。そこに文化が芽吹いてくる。そういう迫力があったのかなと感じました。

    塚田 その展覧会では、2人で《架空手話》という映像作品をつくられたんですよね。これはどんな作品なんですか?

    牧原 作品について説明するためにクイズを出したいんですけど、この手話〔耳と口に手を当てる動作を繰り返す〕はなんて意味だと思いますか?

    塚田 なんだろう。静かにしよう、みたいなことですか?

    牧原 これは「ろう」っていう意味なんですね。

    塚田 あー、なるほど。

    牧原 でも、なんで「ろう」ってこうやるんだろう?って思うんですよね。これは「聞こえません、しゃべれません」という意味で、マイナスな感じがするじゃないですか。でもろう者たちは、「自分はろう者です」って普通にやるんですよね。ちなみに聴者を意味する手話は、聞こえて話せるという意味で昔は電話を使ったイメージ〔片手で電話をかけている動作〕でやっていたんですけど、アメリカ手話でも「聴者」と「ろう」は日本手話と似たように表現するんです。

    《架空手話》は、「それがなんで似ているんだろうね」という話から、手話の歴史、聴者とろう者の関わり、手話はどういうふうに生まれてきたのか、聴者に影響されてきたのか、といったテーマについて手話で語っている1時間半くらいの映像作品です。そしてだんだんその映像のなかの手話が、架空の手話に変わっていくんですね。最終的には、ろうはこうなって〔片手の手のひらをおでこの前で揺らす〕、聴者はこんなふうに変わっていきました〔片手の人差し指と中指と親指を耳の横に持ってくる〕。

    映像のなかではその変化をあえて説明しないで、手話がだんだん自然に変わっていくようにしました。「あ、いま変わった」と気づく人もいるし、気づかない人もいる。それも見た人に委ねるようにしたんです。

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    《架空手話》における「ろう者」
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    《架空手話》における「聴者」

    和田 この作品を見て手話の歴史を知ると、日々使っている手話という言語が、いかに抑圧を受けてきたのかがわかるんですよね。そのことを理解するためにも、あらためて蓋を開けてみる、初めのところに立ち戻ってみる必要がある。そうして歴史を振り返ることで「いま私たちがどこにいるのか」という現在地を見つめなおすことできるし、「じゃあ次は?」と、これからの視覚言語の可能性を考えることができるようになると思います。

    そうした手話の豊かさを育てていきたいし、その豊かさは絶対になくしたくない、と思います。可能性が本当に豊かに広がっていることをなかったことにしたくない。社会のなかには、「ろう者には『聞こえない』という欠点があるからそれを補わなければいけない」という見方がありますよね。いやいや、そうじゃなくて、ただ違うだけで、異なる存在だけど、その世界にはその世界が自然にうみだした豊かさがある。そういうところは伝わっていないと感じることが多いです。

    同時に手話言語話者にとっても、自分たちでその豊かさを見出したり伝えたりする機会は少ないようにも思います。だからろう者のコミュニティが起点となりその機会をつくっていくことで、手話の世界から生まれる豊かさを耕し、広げていくことが必要だと思います。そうすれば、ろうであることが欠点ではなく、ただ違うだけなんだと気付いてもらえる、そしてこの世界を尊重するきっかけになると思うんです。5月の展示では、そうやってお互いの世界をリスペクトし合えるための環境づくりや、そこから生まれる可能性の一片を引き出せたんじゃないかなと思っています。

    対等なスタートラインに立つために

    塚田 そのリスペクトというところに関して言えば、最近はろう者の人々にフォーカスをした物語が多くつくられていると思うんですね。『Coda コーダ あいのうた』(以下『Coda』)がアカデミー賞作品賞を獲ったり、日本のテレビドラマでは『silent』がすごく人気になったりしました。『Coda』は私もいい映画だと思ったんですけど、ただあれを「いい映画だな」と言ってしまっていいのかなと思う気持ちもあって。やっぱりどうしても、聴者の文脈でいい物語に回収されてしまっているんじゃないかという違和感もあるんですよね。ああいう作品が生まれることによって理解は広がるかもしれないけど、もしかしたらおふたりがやろうとしていることとはズレがあるのかもしれない。巷でろう者の物語がつくられていることに対してはどう思っていますか?

    牧原 『silent』も『Coda』も、やっぱり聴者の監督さんによって、聴者にいいと思われるようにつくられていますよね。それはどうなのかなって。もちろん好みにもよりますし、いろいろな見方があると思いますけど、コーダの親たちはかなり違和感をもったみたいです。

    私自身は「ふーん、普通」って(笑)。『Coda』のなかで音を消してろう者の世界を描いたシーンがありますが、それも聴者の視点で描いただけですよね。私たちろう者はずっと音が聞こえないので、そのシーンでは聴者だけが感動しているんです。ろうの世界を知りたいなら、すべて音なしで見てくださいって私は思ったんですけど。とはいえあの映画がろう俳優をキャスティングして、当事者ならではの強みを引き出して、私たちが活動しやすくなったのも事実です。だからありがたく使わせてもらっています。

    和田 『Coda』は、ほかのコーダ映画と同じストーリーなんです。コーダに関する作品って、だいたい最後に歌や音楽で感動するという流れで、全部描き方が似ていて、そこにリアリティは求められていない。アカデミー賞を獲ったのも、多様性を提示するゲームの中で駒を進めただけのようにも思えてしまいます。

    でもあの映画が公開されたあとに長野の実家に帰って、両親と一緒にレストランに行ったときに、店員さんが「ありがとう」っていう手話をやってくれたんですよ。28年間そんなこと起きたことがなかったのに、身近なところでそうした変化も起こっている。そうやって世界が変わっていること、ろう者が生きやすくなっていることに対する喜びはあります。でもやっぱり同時に「ゲームの駒にされている」ような感覚もあって、複雑なんですよね。

    ただもっとその先に、ろう者のなかにある言語や世界、そこからうまれるものから、もっと建設的な未来をつくっていける可能性はあると思う。そのためには、役者や監修としてろう者をキャスティングするだけじゃなくて、脚本や製作といった企画段階からろう者が入る必要がある。まずはそこから変えていかないといけないんじゃないかと思います。

    牧原 ろう者が演じるというところで言うと、「〜」ではパフォーマンス作品もやったんですけど、ここではろう者に聴者を演じてもらったんですね。いままで「個人」とされてきた人たちが「聴者」というカテゴリーで括られるという、聴者とろう者の立場を逆転させた作品になっています。こうした表現をもっと出していくことで、お互いの視点や身体性の違いに気づくきっかけになるんじゃないかと思うんです。たとえば、ろう者から見て「聴者ってこういう動きするよね」というものも、聴者は「え、私こんなふうにしてる?」と自分ではわからない。そうした文化や身体の違いが可視化されることは、いままでなかったんですよね。

    和田 社会のなかでは、ろう者側だけが「ろう者として振る舞うこと」を求められ続けている。「ろう文化とは何か」と問われることはあっても、「聴者の文化って何?」と聞いても聴者はみんな答えられないと思うんです。

    塚田 私も今回の取材のために質問をつくるなかで「視覚言語のユニークさって何ですか?」みたいなことを聞こうと思っていたんですけど、おふたりの話を聞きながら反省したのは、「音声言語のユニークさは何ですか?」と聞かれても自分は答えられないということ。でもいまおっしゃったようにろう者と聴者が逆転するような場所をつくることで、違う者同士が接触することで、初めて自分の輪郭を知ったり、自分自身を別の視点から見たりすることができるんだろうなと感じました。

    やっぱりお互いが同じ立場に立って、互いの視点を交換できるような対等性があって、初めて生まれるコミュニケーションがある。でも私たちは、つい自分の立場からものごとを考えてしまいがちだし、知らない世界に対しては臆病になってしまうじゃないですか。そうした「知らないから怖い」という感情を解きほぐす方法として、おふたりが北千住の展示でやられたことは、もっとお互いを対等な立場に置きつつ、でもそこにちゃんと遊びや余白をつくっていくことだと思うんですね。心理的な安全性が担保されたなかで起きうるコミュニケーションの豊かさというものがあるんだろうな、とヒントをもらった気がします。

    和田 異なるものと触れ合うのは、やっぱり最初は苦しい。私の感覚とは違うなと思って、自分の世界が揺らぎ始める感じがしてしまう。でも塚田さんがおっしゃったように、遊びや余白を入れながら、対等な関係づくりのためには何が必要なのかを考えながら、お互いに気づいたことを言語化し、伝え、見える化していくってことはすごく大切なんだなと思います。

    そして、その大切さに気づいてしまったからには、ここだけに留めずに、耕していくことが必要。対等でないことに気づかないまま何かに搾取されてしまう、それによって苦しんでしまうという状況は、これまでにもずっとあったと思うんです。そうした搾取のある現状に対して、本当にこのままでいいのかな?と問いながら、ろう者と聴者がともに尊重しあう対等な関係をみんなで探っていくことが、これからのために必要になってくるんじゃないかなと思います。

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    ろう者にも集まる場所が必要だ

    塚田 これからふたりで新しい場所をつくられるんですよね。そこでどんなことをしようとしているのか、何をめざそうとしているのかについて教えてください。

    和田 牧原さんとは、今日してきたような話をもう5年くらいずっとしているんです。新しい拠点は、手話の文化を探求したり、ろう者の立場が対等なものに変わっていくために、視覚言語の豊かな世界や可能性を実験したり、蓄積したりしていくような場所になったらと思っています。

    情報保障の問題というのはまだまだあって、たとえばトークイベントや勉強会といった本当にシンプルなところで、ろう者がアクセスできる情報がなかったりする。そうした基本的人権である「知る権利」が保証されていない現状があるなかで、私たちがいまやりたいと思っているのはろう者たちの共助システムをつくっていくこと──勉強会などを通して知を共有することで、未来につなげていける基盤づくりをしていきたいと思っているんです。

    牧原 やっぱり一人のなかからは文化って生まれないですよね。新しい文化をつくるためには、人が集まらないといけない。聴者の場合にはいろんな集まれる場があって意見を交わすことができるのに対して、ろう者はそれぞれ個人で活動していることも多い。聴者のなかに入っていって活動する人もいますけど、聴者と一緒になるとやっぱり「聴」寄りになりがちなので、ろう者だけのコミュニティから生まれてくるものはまた違うと思うんですね。だからろう体験のなかから生まれてくるもの、視覚言語の身体から生まれてくるものを、もっと自由に表現してみたい。学校のように優劣を生むような場所にするのではなくて、サロンのような、対等に集まって話せる場所がほしいと思ったんです。

    じつは『LISTEN』もそうだったんです。「ろう者の音楽をテーマにした映画をつくりたい」と聴者に説明をしても、「何を言ってるんだろう?」みたいな反応だったんですよね。でもろう者だけで集まったところで話すと、「いいね、それやろうよ」と話が進んでいくことになった。だから新しい拠点では、ろう者同士が「こんなこと思ってたんだけどどう?」とお互いに話し合いながら、そこで出てきたものを社会に発信していきたいと思います。

    和田 いまは手話で文化や表現について議論したり、研究していくこと自体ができていないので、まずは集まる。そこで何年か経ったら、芽がだんだん育っていって、新しいかたちの出会いの場になっていく。その出会いの場では、それぞれに耕されたものがあることで、ろう者と聴者が対等な立場で出会えるようになっていくんだと思います。

    牧原 そこで必要なのは、「心理的安全」ですよね。これ、最近本当に思うんです。演劇の場でもそうなんですけど、聴者の文化のなかにろう者が入っていくと──たとえば、聴者の書いた台本をろう者が演じるというときに──どうしても「聴者が上でろう者が下」というアンコンシャス・バイアスが生まれてしまう。これまでろう者たちは無意識の抑圧を受けてきたがために、対等にスタートできない。無意識に染み付いてしまっているものから抜け出すことができないんです。

    そうではなくて、心理的安全を確保するためにろうの講師を入れる、一人ひとりと向き合うということを私は意識しているんですけど、そうすることによって初めてバイアスから解放されていく。そうした環境づくりが大切なんですよね。

    和田 個人的にも研究者としていろいろな本や論文を読むなかで、哲学とか愛について手話で考えられる方法がないことに気付かされるんですよね。それはもう、考えるための土台がないということ。どこからどう始めたらいいのかわからなくなって、足元から崩れ落ちてしまいそうになるくらい不安になるんです。

    だから新しい拠点では、「愛ってなんだと思う?」「時間についてどう思う?」といったことを手話で考えるような機会を培っていけたらいいなと思っていて。ちょっとでもいいのでその基盤があると、人が増えたときに、もっとそれを膨らませていけるんじゃないかなと思うんです。

    塚田 DISTANCE.mediaも、インタビューをして記事をつくる以外にもいろんな実験をしていきたいと思っているので、その場所ができたら、遊びを開発するような気持ちで何かおふたりと一緒に実験をしていけたらいいなと思っています。最後に、今日の話を通しての感想を一言ずつお願いできたらと思います。

    和田 自然な、本当に自然なところから生まれてくるものがいちばん美しいのかなって。自然に出てくるその美しさを見つけていく、探していく、ということをやっていきたいなと思います。手話の世界には、これまでの過去に見つけられていなかった豊かさや美しさが、きっとまだまだたくさん眠っている。その美しいものがさらに膨らんでいって、人がそれと出会っていくことで、世界の見え方が本当に変わっていくかもしれないと思うんです。そのために目の前の社会のことはもちろん、10年後や20年後、そのまた100年後の未来を見据えたときに自分には何ができるのかを、あらためて考えていきたいと思います。

    牧原 私がいつも考えているのは、人間が視覚言語しか使っていなかったらどんな世界になってたのかな、ということなんですよね。人間はたまたま音声言語を選んで、いまの社会がつくられていますけど、最初から視覚言語だったらどうなっていたんだろう? その世界を、ろう者にも聴者にも共有していくことで、この世界は確実にもっと面白くなります。そのために自分は何ができるのかを考え続けたいし、実践し続けたいですね。

    たとえば、新しくつくる拠点の名前はこういう手話にするんです〔両手の人差し指と親指でゼロをつくり、両手をパーの形に広げながら外側に動かす〕。あえて文字にすると「5・0・0・5」なんですけど、真ん中の0から5に広がるように読んでほしいんですね。文字はいま左から右に読みますけど、真ん中から両サイドに向かって読んでもいいんじゃない?って。そんな問いかけをしていけたらいいなと思っています。

    手話の環世界の画像


    〇お知らせ

    牧原依里さんが代表理事を務める一般社団法人 日本ろう芸術協会と、和田夏美さんが代表理事を務める一般社団法人 ooo(オオオ)が共同運営する、視覚で世界を捉える人々のための文化施設「5005」が、立ち上げにあたって現在クラウドファンディングを行っています。詳細は、以下リンクよりご覧ください。

    手話×出会いから生まれる新しい文化を体感する施設『5005』を作りたい

    牧原依里
    映画作家、東京国際ろう映画祭代表、一般社団法人日本ろう芸術協会 代表理事。​1986年生まれ。ろう者の「音楽」をテーマにしたアート・ドキュメンタリー映画『LISTEN リッスン』(2016)を雫境(DAKEI)と共同監督、第 20 回文化庁メディア芸術祭 アート部門 審査員推薦作品、第71回毎日映画コンクール ドキュメンタリー映画賞ノミネート等。最新作に『田中家』(2021)。視覚と日本手話を中心とする自分の身体感覚を通した表現を実践し続けている。また、仏映画『ヴァンサンへの手紙』の配給宣伝などを担う他、2017 年には東京国際ろう映画祭を立ち上げ、ろう・難聴当事者の芸術に関わる人材育成と、ろう者と聴者が集う場のコミュニティづくりに努めている。
    和田夏実
    インタープリター。1993年生まれ。ろう者の両親のもとで手話を第一言語として育ち、視覚身体言語の研究、さまざまな身体性の人たちとの協働から感覚がもつメディアの可能性について模索している。LOUD AIRと共同で感覚を探るカードゲーム《Qualia》や、たばたはやと+magnetとして触手話をもとにした繋がるゲーム《LINKAGE》など、言葉と感覚の翻訳方法を探るゲームやプロジェクトを展開。東京大学大学院 先端表現情報学 博士課程在籍。同大学 総合文化研究科 研究員。2016年手話通訳士取得。
    塚田有那
    編集者、キュレーター。1987年生まれ。一般社団法人 Whole Universe 代表理事。「Bound Baw」編集長。2023年、東京都のSusHi Tech Squareにおける「わたしのからだは心になる?」展のキュレーションを担当。2021~22年、展覧会「END展 あなたの人生の物語」を主催(東急ラヴィエールと共催)。21年より、岩手県遠野市の民俗文化をめぐるカルチャーイベント「遠野巡灯籠木(トオノメグリトロゲ)」を主催。『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』、『RE-END 死から問うテクノロジーと社会』(ビー・エヌ・エヌ)など多数。

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