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そして青い鳥は青空へ飛び立った

「𝕏」と「Bluesky」の距離

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Contents

    アテンション・エコノミーと資本主義リアリズム

    スマートフォンのホーム画面に並んだ無数のアイコン。青い鳥は飛び立ち、無機質なアルファベット一文字へと変わった。かつて鳥のさえずりを表す「Twitter」という単語を冠していた、世界最大規模のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の話である。

    名称変更にとどまらず、突然の仕様変更や、特定の政治的偏向を持つユーザーの投稿を優先的に表示しているのではないかという疑いなど、さまざまな懸念を抱える同サービス。しかし、そうした混乱の大元であるCEOの交代劇は、元を辿れば私たち一人ひとりの行動を遠因として起きた事態でもある。

    最大140文字というフォーマットの中で思考の創発を促す場だったそのSNSは、いつしか「今、ここ」を共有する社会的な場へと変質し、「何が書かれているか」以上に「どんな人が書いたか」が厳しく問われるようになった。「匿名」的なインターネットから「顕名」的なインターネットへ。そんな時代性の変化の延長線上に、決済機能——不可避的にクレジットカードや銀行口座といった戸籍ベースの情報に紐づく——を備えた「スーパーアプリ」実現の野望を持つ資本家に捕捉される運命はあったのだ。

    SNSを支えるネットワーク科学の知見として、「スケールフリー」というものがある。これは各ユーザーの抱える「つながり」の多寡には、必ず格差が生じるという性質を指すものだ。フォロワーの多いアカウント=インフルエンサーの拡散を発火点として注目が集まる現象、いわゆる「バズ」が起こる仕組みを説明するものでもある。

    インフルエンサーは広告媒体としての価値を持つため、おのずと資本が集まるようになるし、著作を出版したり講演会を行うなどの展開もしやすくなる。端的に言えば「何者かである」ことは「得になる」のだ。もともとSNSの外——というのが存在しているのかもはや怪しいわけだが——で影響力を持っていた人はその影響力をSNSにも持ち込めるから、現実における資本の多寡とSNSにおける影響力の多寡は連動したものになっていく。「有名な人が金持ちで、金持ちが有名である」というフィードバックループの完成だ。

    SNSユーザーは誰もがインフルエンサーをめざしているわけではないにしろ、大なり小なり「得になる」ことの期待を込めながら投稿を続けている。現に私がこうして寄稿できているのも、SNSに自分の考えを投稿してきたことが巡り巡って編集者のもとに届いたからということは否定できない。

    批評家マーク・フィッシャーが、自身の提唱する「資本主義リアリズム」の格率として引用した「資本主義の終わりより、世界の終わりを想像するほうがたやすい」というテーゼは、アテンション・エコノミー——インターネット上での「関心」が金銭的価値を生み出す経済——が席巻する現状にこそ相応しい。インターネットはかつて「サイバースペース」という言葉とともにイメージされていた、「ここではないどこか」への通路ではなくなってしまった。それ自体が私たちの生きる、この資本主義社会という名の現実なのだ。

    パンデミックと「距離」という問題設定の限界

    「スケールフリー」と並ぶネットワーク科学の知見として「スモールワールド」がある。これは「どんなに無関係に思える相手でも、間に5人を介せばつながることができてしまう」というネットワークの性質であり、各ユーザーが気になるアカウントを「フォロー」することで芋づる式にネットワークが広がっていく仕組みを説明するものだ。

    この性質により、SNSの内部においては「距離」という尺度そのものが無効化される。「近い距離」と「遠い距離」が共存すると言い換えてもいいかもしれない。一方プラットフォームの視点では、多くのユーザーがそこにいるということ自体が重要になる。親データが豊富なほど広告のマッチング精度は高まり、プラットフォームの広告媒体としての価値も高まるからだ。

    こうしたユーザーとプラットフォームの非対称性に対して、ユーザーの側にとってしか重要でない「距離」をテーマに問題提起を行うのは、いささかナイーブすぎるのではないかという懸念がある。せいぜい「スマホ断ちをして目の前の人を大切にしよう」とか、「旅行に行って自然と触れ合おう」とかいった処方箋を提示することしかできないのではないか。

    「距離」という問題設定の限界をわかりやすく示したのが、近年のコロナ・パンデミックだったと言える。人間社会の外部から到来した未知のウイルスは、人と人の物理的な距離を取ることを強い、テレワークの普及を促した。当初こそ映像や音声の送受信に遅延が見られ、「ここではないどこか」につながりそうでつながらないもどかしさ——初期インターネットにおける「距離」の感覚――を思い出させもしたが、アプリケーションの改良とユーザーの慣れが進むにしたがって、単なる日々の仕事の一部になっていった。そしてSNS上では相も変わらず、いやそれまで以上に、それぞれの社会的立場の違いによる意見の対立が激化していった。その中で、そもそもテレワークを活用できない職種……医療・介護職をはじめとする「エッセンシャルワーカー」の存在も可視化されたのである。

    文化・政治・経済……今やあらゆる局面において、インターネットを抜きにしたビジョンは考えられないし、「顕名」と「つながり」の原理が社会インフラのレべルで浸透していることも決定的になったのが、コロナ・パンデミックという事態だったように思われる。行動制限が解除され、再び「遠く」に行けるようになったからといって、この流れ自体は変わることがないのだ。

    磯崎新の語る「青空」と「廃墟」

    一方で、コロナ・パンデミックがあったからこそ新たな価値を実感できたものもある。マスクをつけておそるおそる外出した際に見上げた、何物にも遮られない空の青さだ。SNSのタイムラインを流れてきた、ロックダウン下の街を無人カメラが捉えた映像にも、不思議と同じ感覚を覚えた。

    当たり前のことだが、日光の散乱によって空が青く見えるという現象や、建物に使われたコンクリートや金属などの物質性は、未知のウイルスの蔓延やそれによる社会の混乱とは関係がない。青空や無人の街の、「誰もいない」「どこでもない」場所のイメージが、SNS上の喧噪から身を引き離す手助けとなってくれたのだ。

    こうした私の感覚に裏付けを与えてくれたのが、2022年末に逝去した建築家・磯崎新の言葉だった。

    「一九四五年八月十五日、日本列島は雲ひとつない抜けるような青空だった。一瞬の空虚を私は体験した。その後つづけた私の迷走は旋回して、いつもあの一瞬の空虚としての青空に戻っていく。」

    (「文庫版あとがき」『空間へ』河出文庫、2017年)

    14歳で第二次世界大戦の終結を迎えた磯崎の心には、一面の瓦礫と化した都市の風景と、そこで呆然と見上げた青空が、いつまでも焼き付いて離れなかったという。何を作ってもいずれは廃墟になってしまう……建築家としては致命的とも言えるオブセッションに取り憑かれていた磯崎が至ったのが、「未来都市は廃墟である」というテーゼだった。

    「廃墟は文字通りに破壊された断片である。多くの欠落部を生じている。その欠落した箇所から、かつて存在していたはずの完全な状態を想像する誘惑にみちびかれる。〔…〕この時間軸をそっくり未来へ向けて逆転してみるとすれば、それは過去を想像のものとして描いたように、未来を描くことになるではないか。」

    (「廃墟論」初出 1988年、『磯崎新建築論集2 記号の海に浮かぶ〈しま〉』岩波書店、2013年所収)

    古来、青空は「崇高」の象徴――雄大な自然に対する、人間の小ささを感じさせるもの――として、絵画の中に描かれてきた。キリスト教的な「神」のおわすところ、めざそうにもたどり着けない無限遠点としてである。

    対して磯崎のアフォリズムにおける青空は、反復的な日常の中に突如として現れるヴォイド(空虚)だ。構築→破壊→構築…というループの起点となる、線的な時間という観念が無効になる場所。ユーザーの個々ばらばらになされた投稿を直線上に並べ、「今、ここ」に再編成するインターフェースである「タイムライン」から身を引き離すには、こうしたヴォイドのイメージこそ必要なのではないか。

    「廃墟は、切断を手法として成立させるための根源的なイメージである。廃墟は、過去と未来、完成と崩壊、発生と消滅など、切断された時間の割れ目にひそむあらゆる複数の矛盾を、その内側に共存させている。」

    (「なぜ手法なのか」初出 1976年、『磯崎新建築論集3 手法論の射程』岩波書店、2013年所収)

    磯崎の思考は、あくまで建築設計という「ものづくり」のための思考である。「あの日の青空」に立ち戻ることにより、再び廃墟を見つめ、磯崎はまた設計に向かうことができたのだ。

    その青空は資本主義的な再生産のサイクルの外側にある、アーティファクト(技術的制作物)としての〈モノ〉の価値に目を向けさせる。それ自体は無価値でも、組み合わされることで新たな価値を生む可能性のある「素材」としての価値に、である。

    Web3——デジタルな〈モノ〉についてのビジョン

    SNSもその内に含む、「ユーザー参加型」「インタラクティブ」などの特徴で語られたインターネットのビジョンがWeb2.0だ。その「次」のパラダイムとして近年注目を集めるWeb3は、画像やプログラムなど、あらゆるデジタルなアーティファクトに〈モノ〉としての身分を与えるというものである。

    取引の履歴を暗号化して記録するテクノロジー(ブロックチェーン)によって、物理的実体のないデジタルイラストなどを複製不可能な物品(NFT)として流通させることができるというのが、そのわかりやすい一例だ。これにより、特定のネットワークの中でいかに影響力を獲得しアテンションを競うかという戦いよりも、一回ごとの価値の交換が重要になる世界がやってくることが期待されている。

    そんな世界観において構想されるSNSは、「分散型」という思想に基づいている。これについては、従来のSNSを「中央集権型」と捉えるとわかりやすい。

    従来のSNSにおいては、運営企業が巨大なサーバーで全ユーザーのデータを一元管理するので、ある日突然「〇〇年以前の画像データを全消去する」と通達されるといったことが起こりうる。

    対して分散型SNSでは、複数の管理者によるサーバーが並存する。Web3の世界観においてはデジタルイラストのようないわゆる「コンテンツ」だけでなく、アプリケーションを成り立たせるアルゴリズムも〈モノ〉として見なされる。各管理者がそれを自由に組み合わせてサービスを成り立たせることができるのだ。

    各サーバーはプロトコル(通信のためのルール)を共有してさえいれば相互に通信する(「フォロー」や「リプライ」を行う)ことが可能で、フォロワーやこれまでの投稿などのデータを引き継ぐ(あるサーバーから別のサーバーへの「引っ越し」を行う)ことも可能だ。ユーザーが投稿したデータは、名実ともにユーザーの資産になるのである。

    そんななか、Twitter社(当時)の共同創業者のひとりであるジャック・ドーシーが関わる分散型SNSが、青空を意味する「Bluesky」という名称で運営されているのは興味深い。正確には分散型SNS用プロトコル「AT Protocol」の開発が同氏のTwitter社在籍中にスタート、後にプロジェクトごと同社から独立。SNSとしての実装の一例である「Bluesky」に、昨今の同社の混乱を受けて改めて光が当たった形だ。

    現状、分散型SNSの筆頭と目される「Mastodon」と比べるとユーザー規模はまだまだといったところだが、ユーザーインターフェースをはじめとする細部の美意識にかつてのTwitterのそれに近いものが見受けられ、一躍愛好者の「移住」先として期待が高まっている。特筆すべきは、「AT Protocol」は検索やタイムラインの表示アルゴリズムなど、SNSに必要な諸機能を実現するプログラムの束として存在しており、それらを組み合わせてさまざまなアプリケーションを実装することができるという点だ。繰り返しになるが、「Bluesky」はあくまで「AT Protocol」を用いた実装の一例でしかないのである。

    しかし逆説的なようだが、この「一例でしかない」ということこそ重要である。「AT Protocol」の思想を広める急先鋒に、青空を意味する「Bluesky」という名称が冠されているということ。すべてのユーザーを「Bluesky」に集約させる、「Twitter」の代わりにするというのでは、ドーシー氏の狙いは達成されない。おそらく同氏は「Bluesky」より良い実装が可能なのであれば、それはそれで良いと考えているはずなのである。「中央集権型」への問題提起でありつつ、同時に新たなアプリケーションの実装を促すプロジェクトにもなっている。「青空」が単にコミュニティ内の自由を象徴するものなのではなく、そもそものサービスを作る自由を象徴しているのがポイントなのだ。

    「Bluesky」アプリをスマートフォン上で起動すると、画面いっぱいに青空の画像が表示された後、少しの間を置いてからタイムラインへと移行する。この間が意図的に設計されたものかどうかはわからないが、パンデミック下におけるSNS上の喧騒から身を引き離してくれた、あの青空を見上げた感覚に似ていることは確かだ。

    脊髄反射的な「今、ここ」への応答の手前にとどまり、沈黙の中で創造的な活動のための準備を始めること。スマートフォンとソーシャル・ネットワークの時代に現れる「青空」の意味を、そのようなものとして捉えてみたいのである。


    参考サイト・文献

    ネクストブレイク分散型SNSの大本命、Blueskyを先取り! | gihyo.jp
    https://gihyo.jp/article/2023/04/what_is_bluesky

    AT Protocol (BlueSky Social)仕様解説 ~ W3C DID仕様を添えて ~ - Qiita
    https://qiita.com/gpsnmeajp/items/eb665d639f088b85454e

    ネットワークに基づく分散型SNS一覧(damus, nostr, Bluesky, AT Protocol, Mastodon, Misskey, Threads, ActivityPub ...) - Qiita
    https://qiita.com/gpsnmeajp/items/1413960dd2cf4488ccd5

    注目SNS「Bluesky」が用いる分散型SNSプロトコル「AT Protocol」とは? - GIGAZINE
    https://gigazine.net/news/20230509-bluesky-at-protocol-federation-architecture/

    Twitterの引っ越し先候補「Bluesky」を所有しているのは誰か?もしTwitterのように億万長者が買収しても大丈夫なのか? - GIGAZINE
    https://gigazine.net/news/20230605-bluesky-owner/

    SNS究極の自由、アルゴリズムもユーザーしだいの次世代Twitter「Bluesky」:エンジニアにインタビュー | ギズモード・ジャパン
    https://www.gizmodo.jp/2023/06/bluesky-interview.html

    comugi『デジタルテクノロジー図鑑——「次の世界」をつくる』SBクリエイティブ、2023年

    北出栞
    編集・文筆。会社員としてウェブメディアの運営に携わる傍ら、商業媒体での執筆、自身が主宰する同人誌『ferne』の刊行を行う。

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