V3-1
作家への5つの質問
2023年9月のd View

- 布施琳太郎《隔離式濃厚接触室》
「1人ずつしかアクセスできないウェブページ」を会場としたオンライン展覧会/東京都町田市での鑑賞風景
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Contents
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Q1 あなたにとっての原風景を教えてください。
頭をひねってブログを書いて、アクセス数が増えるのがうれしい中学生でした。フリーソフトで見出し画像をつくって、ゲームの感想や解釈を書く。思わずクリックしたくなるタイトルを考える。そういうことの積み重ねでできたインターネットの友人たちは、大抵が年上の人たちでしたが、彼ら、彼女らと通話したり、一緒にゲームをするのが好きでした。
Q2 あなたをもっとも遠くに誘った作品や体験がありましたら、教えてください。
幼少期の僕にとって、旅行とは、親の運転する車に何時間も揺られてようやく辿り着く美術館のすずしさでした。いまになって考えれば、そこには僕よりも長い時間なにかに揺られて集められた作品が並んでいたのだと思う。だからなのか、美術作品は「むずかしい」ものであるというよりも、なにか根本的な親密さを感じていました。僕と同じようにどこかから揺られてきたんだな、と。
それに対して、学校をサボった高校生の僕が電車に揺られて見にいった現代美術の展覧会は、どこか遠くに感じられました。そこには確かに同じ時代に、同じ景色を見ていた人間たちが作った作品が並んでいたし、ライブペインティングなどの催しもあったわけです。しかし何にも揺られていない営みを前にして、根本的な疎外のようなものを感じました。
Q3 作家として視界が開けたと感じた作品がありましたら、教えてください。
人生のテーマということで言えば、この度のカバーアートに提供した《隔離式濃厚接触室》(2020年〜 )は大きく人生を変えてくれました。その準備段階から数年間にわたって反響をいただき、僕の人生において言葉が持つ意味を完全に変えてしまいました。
強いて言えば、もうひとつ大切な展覧会があります。それはアーティストの青柳菜摘さんが中心となって運営する「コ本や」(当時は北区王子に、現在は神楽坂にある古本屋)で行った「新しい孤独」という展覧会です。ちょうど絵画科の大学を卒業するタイミングでの展示だったので、視覚について考えていて、それで『眼の誕生』という本を読んでいたのですが、生物が眼を獲得したことで生じたとされるカンブリア爆発こそが生物たちの不連続性、つまり孤独の理由なのかもしれないと思って企画した展覧会でした。
ですが、そこでも最終的には言葉と出合いなおすことになったのです。そうして僕にとって「言葉」は、視覚や政治、身体、歴史、進化を結びつけなおすためのメディアとなりました。
Q4 今回掲載した作品について、教えてください。
《隔離式濃厚接触室》も「言葉」についての展覧会です。2019年末より世界に強烈な分断を生じさせはじめた新型コロナウィルスに対して「何か表現したい」と思うなかで、言葉について考えようとしました。そこで日本語とプログラミング言語の詩的な運用によって何かできるのではないか、と思い立ってつくられたのが本展です。
このウェブサイトには「一人ずつしかアクセスできない」というプログラムが施されています。アクセスすると、そこには水沢なおさんという詩人の一遍の詩と、僕がプログラムした映像が流れます。この映像は、鑑賞者の現在位置情報に基づいて生成されたもので、今その人がいる場所の周囲の景色が表示されるものです。そうして表現しようとしたのは「新しい孤独」と僕が呼んできたコンセプトです。
今回は、コロナ禍にも慣れ始めた日々のなかで、友人たちに依頼して《隔離式濃厚接触室》を鑑賞している様子を撮影してもらいました。それはある瞬間の、世界のなかのどこかにあった、誰かの孤独です。この孤独はアーティストである布施琳太郎のものではなく、この部屋を訪れた誰かの孤独なのです。
それが「新しい孤独」という言葉に託したものでした。その孤独は、あなたの手のひらのなかで駆動する言葉——日本語とプログラミング言語——によって展開するのです。
Q5 あなたの指針になっている言葉・本などがありましたら教えてください。
ジョルジュ・バタイユの著作は、そのすべてを繰り返し読み直しています。最初に読んだのは『エロスの涙』で、次に読んだのは『ドキュマン』でした。その両方で言葉とイメージが闘争するように、相互に働きかけ合いながら、歴史を再構成していきます。ありえたかもしれない過去や未来を想像するきっかけをくれます。そして生物学的な観点を忘れないことも彼の魅力に思えます。
最近はH・P・ラヴクラフトの著作を読んでいます。「クトゥルー神話」としてサブカルチャーや哲学の領域で取り上げられることもありますが、彼のテクストの書き方が面白くて読んでいるのです。ある種の架空の神話体系を、奇妙な建築物たちを通じて表現するために、虚構の新聞や証言の引用を織り交ぜながら書き進めるようなあり方は刺激的です。
あとは何といっても、これまでに一緒に何かをした方々の本は繰り返し読みます。すでに死んでしまった方々、つまり会ったことのない人の本と違って、同時代に生きる彼ら・彼女らと過ごした時間がオーバーラップされる感覚が魅力的で、現代について考えられる良い時間です。

- 布施琳太郎
- 1994年生まれ。iPhoneの発売以降の都市で可能な「新しい孤独」を、絵画や映像作品、ウェブサイトの制作、批評や詩などの執筆、展覧会企画などをアーティストや詩人、デザイナー、研究者、音楽家、批評家、匿名の人々などと共に実践している。主な個展に「新しい死体」(PARCO MUSEUM TOKYO、2022)、参加展示に「時を超えるイヴ・クラインの想像力」(金沢21世紀美術館、2022)など。写真:竹久直樹