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Part1 10のキーワードで知るイソザキ

6.キュレーション

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    20世紀の米国を代表する建築家、フィリップ・ジョンソンは、数多くの建築作品を設計しただけでなく、「モダン・アーキテクチャー」(1932年)や「デコンストラクティビスト・アーキテクチャー」(1988年)といった展覧会のキュレーションによって、建築界に大きな影響力を及ぼした。日本で同様にキュレーターとしても名を成す建築家といえば、磯崎新をおいてほかにいない。

    展覧会の企画者としてまずかかわったのは、1978年にパリの装飾美術館で開催された「間——日本の時空間」である。この展覧会では、時間にも空間にも用いられる「間」の一文字を、日本文化の鍵となる重要な概念ととらえて、「わび/さび/やみ/ひもろぎ/うつろひ/みちゆき/はし」などといったサブテーマに分け、展示を構成した。日本独自の思考のあり方について、海外に伝える情報発信するものとして好評を博し、米国や北欧にも巡回している。

    その後も、「カメラ・オブスキュアあるいは革命の建築博物館」(1996年)、「海市——もうひとつのユートピア」(1997年)、「日本の夏 1960-64——こうなったらやけくそだ!」(1997年)、ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展(1996/2000/2002/2005年)など、国内外の展覧会で企画を担当した。

    また、「くまもとアートポリス」(1988-98年)、《ネクサス・ワールド》(1989年)、「国際花と緑の博覧会」(1990年)、富山県「まちのかお」(1993年)などでは、コミッショナーやコーディネーターなどといった肩書きで、設計者の選定を行っている。これもまたキュレーションの仕事に含めて差し支えないだろう。これらでは、実績の少ない若い建築家や、海外の先鋭的建築家を抜擢した。

    磯崎が企画した展覧会の特徴は、その事件性にある。 2000年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展では、会場にヨガの行者を呼び、空中浮揚のパフォーマンスを決行、2005年開催予定の横浜トリエンナーレでは、いったんはディレクターの役目を引き受けながらも、推薦した建築家の設計でパビリオンを建てる案が主催者側に認められず、途中降板する結果となっている。

    紛糾もいとわないスタンスには、1968年のミラノトリエンナーレの体験が関係している。この時は、反体制派の学生たちにより会場が占拠され、展覧会は中止に追い込まれたのだが、磯崎は展示を台無しにされた側であるにもかかわらず、ラジカリストたちの行動に共感すら寄せているのだ。

    つくるとともに壊そうとするキュレーター。それが磯崎新だった。

    イラスト:宮沢洋
    テキスト:磯達雄


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