IC20-11
20世紀音楽とテクノロジー/スペクタクル/ポリティックス
自律性の崩壊の物語をいかに迂回するか
[掲載日:]
序
今回の特集では、古典的で伝統的な芸術は、その問題外なのかもしれない。しかし、さまざまなかたちでその無効性と終焉が語られながらも、芸術というわれわれの文化の一つのあり方が、今世紀の人間の重要な思考の領域であったし、今もあり続けていることは否定できない。したがって、メディアやスペクタクルの問題は、むしろ狭い意味での芸術の領域を通すことで、むしろより明確なかたちで思考されうる。本論の根拠はここにある。筆者の興味と力量の限界から、音楽芸術に論を絞るが、さまざまな領域に照らすことでより生産的な読み換えが可能であるような視点を提起したいと思う。
19世紀を通して、音楽は西洋文化の中でその確固とした位置を手にした。ヴァッケンローダー、E・T・A・ホフマンら19世紀初頭のロマン主義者が、「音楽芸術」を礼賛したとき、かつて宗教が担っていた文化的価値(崇高さ!)がそこには取り込まれていた。したがって、そこでは「純粋な観照」という受容の形態が要請される。他の諸芸術に比べ、もともと娯楽の色合いが濃かった音楽は、演奏会という社会的制度の急速な発展によって、高級な芸術として価値を認められることになるのだ。演奏会は、一つの「芸術作品」である音楽が、純粋に聴覚的な現象として受容される場である。会場が暗く、演奏以外の雑音が遮断されるのはそのための前提条件だ。この純粋な聴覚性は、理論的には、たとえばハンスリックの音楽思想に端的に示されている。
20世紀に音楽がこうむったさまざまな変容は、このような純粋で自律的な「音楽芸術」からの離散の状況とみればひとまず理解しやすい。ここではそれらを、テクノロジーとスペクタクル、ポリティックスの側面から考察したい。これらは別個の問題でなく、おそらく、同じ現象の異なるアングルである。
1 テクノロジー
音楽とテクノロジーの結び付きは、何も今世紀に特有なものではない。たとえばピアノや金管楽器の発達はまさにテクノロジーの歴史そのものであった。しかし今世紀のそれは、二つの意味で音楽を大きく変容させた。音響の拡大や変調または音響自体の新たな創出、および音楽の録音と再生の実現である。
前者は、たんに楽器や音素材の可能性を広げただけでなく、音楽という芸術自体の性格をも明らかに変えた。電気の力によって初めて、一人の音楽家が数万人の観衆を相手にするという演奏会の形態が可能になる。そしてこれは、もはや狭い意味での芸術的な事態を超えている。ロック・スターは、電気によって初めて存在しえた現代の神話上の英雄である。また現代の宗教家および政治家が、必要のない場合でもしばしばマイクを通して語る理由もここから明らかだ。
一方後者、録音メディアの登場で、音楽芸術はその存在論的な根拠を問われた。実際、湯水のように垂れ流されるBGMを考えれば、音楽の量的な氾濫が、相対的かつなし崩し的にその質を低下させることは否定しえない。ここは当然それを嘆く場ではないが、ラジオやレコードによって、伝統的で真正な音楽の聴取のあり方が崩れつつあることに抵抗したアドルノの聴取論を思い起こそう。それは些かも保守反動的なものではない。
2 スペクタクル
現代音楽史の前衛的な系譜が、しばしばスペクタクルを伴って出現したことは、伝統的な演奏会制度の観照形態への挑戦と考えると理解しやすい。「未来派の夕べ」や、ストラヴィンスキーのパリでのスキャンダル、ケージらのパフォーマンスがその代表と言える。クラシック音楽を離れて、アイドルやスターのコンサートの場合では、視覚的な要素の優位はもっと極端だ。
また現代では音楽は、多数の人が共有しうる時代の表象という点で、想像的な意味でのスペクタクルになりうるようになった。日本の学生運動と「ジャズ」、ビートルズ来日(1966)やウッドストック(1969)等を考えればよい。広く「一つの世代」の表現となりえた、おそらく史上初の文化形態が、音楽だった。
そしてスペクタクルは積極的に消費の経済と結びつく。マイケル・ジャクソン、マドンナなど、「ハリウッド的」とでも呼びたくなるような、音楽の生産と分配、そして消費のシステム。ここでも聴覚的な意味での音楽自体の価値はほとんど稀薄になってしまい、スペクタクルの猛威に完全に飲まれてしまったかのようだ。
3 ポリティックス
ナチスが主導した「頽廃芸術展」(1937)は悪名高いが、それに続き「頽廃音楽展」(1938)も行なわれた。そこではユダヤ=モダニズム(シェーンベルク)や、政治的立場が異なる(ヴァイル)音楽家に、「頽廃」のレッテルが貼られた。隠すことではなく、見せることで禁圧しようという、逆説的なパージの方法。これは、物質的な焚書では太刀打ちできない現代の情報量に対抗する、きわめて有効な抑圧手段である。また知っての通り、ナチスはヴァーグナー家を利用して、バイロイトを聖地化した。その、ナチス=ヴァーグナーによるドイツ神話の楽劇というスペクタクルには、兵士や労働者までが招待された。当然、戦後しばらくはヴァーグナーはタブーとされた。この両者はファシズムというポリティックスによって芸術が濫用され、その理想的な純粋性が汚された典型としてわれわれに記憶されている。近代において芸術は、まさしく「利害抜き」で判断される(カント)からこそ、その自律的な価値を保証されたはずだったのに。
4 結論──モダニズム神話の迂回路
さて先に書いたことを思い起こそう。純粋な芸術としての音楽は、20世紀のさまざまな変容によって大きくあり方を変えざるをえなくなった。その変容を三つの側面から見た。そして現在、音楽はもはや「芸術」という枠組みでは捉えられない。
モダニズム芸術の終焉?「芸術」の終焉?
しかしそれは果たして本当か。この紋切り型の移行の図式は、疑われなくてはならない。
たとえばレコード。エディソンが蓄音機をつくったとき、その主要な目的は、量産的な「録音と再生」ではなく、たとえば偉人の声の恒久的「保存」だった。「一回的な作品」が「複製」されるための装置としてのレコード、という思考は、むしろ、録音メディアが音楽体験として先行するような今世紀後半のパラダイムだ。初期の蓄音機とは、そのような「透明」な伝達メディアではなかったのだ。また、多重録音(ポールとフォード:1951、またはビートルズ:1967)やスタジオ録音(グールド:1964)を考えてみる。そこから出てくるのは、かつてどこにも存在しなかった音である。もはや、起源となるような「元の演奏」はない。しかし、われわれがそれらを聞く場合、やはり何らかの実体的な「元」の演奏の場を想起しないわけにいかない。つぎはぎとは判っていても一個の連続した時間として聞かざるをえない。オリジナルと複製の価値の逆転、という一般的な図式ではこの事態は理解しえない。むしろここで露わになるのは、われわれの中の逃れられないアウラへの渇望である。
また録音メディアにより、音響のみが伝達されるようになったことで、純粋な音楽作品という理念がそれまでになく明確に浮き出てきたことも忘れてならない。「一回的な演奏の受容」としての音楽体験が「複製メディア」によって動揺した、という図式は、いわば転倒した遠近法である。なぜなら、レコードによってこそ、われわれのもつ「作品」の概念はより強固にされたのだから。「音=作品」と、音楽演奏の場における「作品以外」の要素(視覚的要素や周囲の雑音等)が、物理的に切り離されたことによって。
そしてスペクタクルは、いわゆる正統的な芸術においても無縁ではない。なぜなら、モダニズムの芸術作品がそれとして認められるためには、大衆の立ち会いやウィットネスが必要であるからだ。古くはマネの《オランピア》(1863)から、ストラヴィンスキーの《春の祭典》(1913)、ケージの《4分33秒》(1952)まで、その例は尽きない。モダニズムの芸術作品の自律的価値は、逆説的だが、オープンな場で大衆が立ち会い目撃することによって、支えられていたのである。もちろん、ここで想定される「大衆」とは抽象的な理念以外ではありえないのだが。同様にたとえばジャズも、ベニー・グッドマンによるカーネギー・ホールという権威ある舞台での初めてのジャズ・コンサート(1938、白人と黒人が「公然」と共演した最初の場)によって、ようやくアメリカの「文化」としての威信をかちえたのだ。
また、その構造とヴァーグナー自身の劇場論を見れば判るが、バイロイト劇場こそ、純粋聴取の理念に忠実な劇場である。ナチスがそれを政治的に使ったのは、けっして芸術を「歪めた」わけではない。むしろ、それは、その芸術的な核心において政治に転化したのである。芸術が最も純粋である瞬間において、きわめて危険なブレイク・スルーがありうるのだ。芸術の純粋性は、そこでは幻想である。同様に美術館または演奏会場は、崇拝の場から蔑如の場へと容易にその機能を逆転しうる、それは「頽廃芸術展」が証明している
こうして、音楽芸術の自律性の、近代におけるその成立と20世紀における崩壊という神話は、矛盾し錯綜した様相を呈することになる。安易な図式化でそれを記述しないための迂回が必要である。しかしこの錯綜振りに、音楽が(それが「芸術」であってもなくても)本源的にもっている力と社会へのアクチュアリティが看て取れることを、われわれは肯定せねばならない。それは多義的な意味で、クリティカルでしかありえないのだ。
(よしだ ひろし・美学芸術学、音楽学)