IC20-12
1990-2000|それ自身によって駆動する電子空間の時代
表彰から自己言及へ
[掲載日:]
Ⅰ
1990年代のスペクタクルは、オリンピックでもなく万国博覧会でもなく、「それは決して起こらなかったのだ」とボードリヤールが語り続けていた湾岸戦争によって困難に幕を開けた。肥大した電子ゲームとしてのこの戦争は、高度化したメディア・テクノロジーによって逆にその出来事のリアリティを漂白させ、現実と虚構の境界を横断しつつ希薄にしてしまったのだが、と同時にそれは、スペクタクルという概念が分岐しながら自己増殖していく時代の特質を鋭く予示することにもなったのだった。社会の現実を特化し、集約する装置としてのスペクタクル空間は1990年代に入って高度情報化の貫徹とともにますます多く生産されるようになり、日常空間におけるスペクタクルの常態化がいたるところでみられるようになっていく。例えば日本においては、1981年の神戸ポートアイランド博覧会以来、絶えることなく地方博覧会が各地で開催されるようになったが、90年代に入っても地域新興を目的としたその勢いは衰えず、1992年にはついにジャパンエキスポ制度の施行によって地方博自体が国家によって整序されることになる。それはいわば、多様化したスペクタクル空間自体の交通整理でもあった。
また、そうしたスペクタクルの拡張に付随して、ハウステンボス・長崎オランダ村や恵比寿ガーデンプレイスのようにテーマパークの内部に定住人口を組み込み、スペクタクルなものの特質を日常空間の中に定着させてしまおうとする動きも各地でみられるようになる。都市のこうしたリノヴェーションによって社会全体のディズニーランダイゼーションはますます進行し、現実と虚構、日常と非日常といった分節はいよいよ曖昧なものになっている。実際、万国博、地方博を含めた1990年代のこれらのスペクタクルにおいては、大阪・花と緑の博覧会にみられるようにそのテーマの分かりにくさ、曖昧さが共通して浮かび上がってくるのだが、それはスペクタクル空間が日常的に遍在しつつあることの必然的な結果でもあった。
一方オリンピックにおいても、1984年のロサンゼルス・オリンピック以来の商業化の流れは1990年代に入って一気に加速し、メディア・テクノロジーの進歩と相まって単独の都市では開催不可能なほどにまで巨大化していく。1994年からは冬季・夏季オリンピックが2年おきに分割開催されるようになり、一世紀の流れを経てオリンピックという国際的なスペクタクルも4年に一度のセレモニーから日常性を帯びた2年に一度のスポーツ・イヴェントへと少しずつそのベクトルを向けることになった。
こうした潮流の全体から、スペクタクルという文脈を通した空間の変質について多くが語られてしまうのも無理はないだろう。だが、それはいかにして語れば20世紀の「歴史以後」へと言葉を届かせることが出来るのだろうか。
Ⅱ
20世紀の終焉を目の前にして、われわれをとりまく空間に根本的な変質が起こっている、というような、至る所にばらまかれた無防備な言表を、われわれはそのままに受け取るわけにはいかないであろう。空間の変化の基底は、そのような言語の増幅によってはいかにしても現実了解的に感覚されることはない。その、感覚され得ない変化の基底を読み抜くためにこそ、スペクタクルという集合的空間が問い直されつつ予見されなくてはならないはずである。
スペクタクル空間としての博覧会は、社会の整序と再編成という欲望をあらゆる節目で幾度となく多様に遂行し、真に20世紀特有の社会空間装置だった。その空間装置の無効化を実証的に語ろうともくろむのであれば、1996年こそは博覧会の終わりを宣告するにふさわしい年であったようにみえる。1970年の日本万国博の延長で準備され続けてきた東京における世界都市博覧会が未遂のままに終わろうとしているとき、コンピュータ・ネットワークの内部ではインターネット・ワールド・エキスポジション'96が場所を特定することなく世界各国で開催されていた。世界を集約し、表象する祝祭空間としてのスペクタクルはほとんど個人レヴェルにまで日常化し、もはやその古典的な機能を喪失してしまったかのようだった。
このとき、空間は今や世界を表象し得なくなった、という時制論的な記述を便宜的に受容するのだとしたら、われわれはこの認識を、どのように了解すべきだろうか?空間による世界表象の失効を、われわれは多数の言表にならって社会批判の根拠とすることが、本当に出来るのだろうか。
そのことが問われなくてはならない。変化の基底の了解と感覚は、ただそこにのみ照準されなくてはならない。
Ⅲ
1996年に行なわれるはずだった世界都市博覧会は、東京湾岸という都市の極地で都市をめぐる博覧会を志向した時点で、すでに表象の困難さを内に孕んだプロジェクトだったと言うことができる。なぜなら、それは表象されるべき対象を外的に見出すことはできなかったからである。もっと言えば、それは表象すべき対象を、自己自身の内にしか求めることができないという形式のもとで構想されていたのだ。実際、この博覧会の会場計画をまかされた地区環境ディレクターの伊東豊雄は、最初に東京都の100分の1模型をこの場につくるという提案を行なっていた。結局、この提案は受け入れられることなく消滅してしまったのだが、このとき、建築家のファースト・イメージは優れて現在的であったと言わなければならないだろう。それはもはや他の対象を新しく表象するのではなかった。そのような対象など、もはやどこにも見つけだすことは出来ない。それは表象の喪失の最果てで、ある強度をはるかに越えてしまった自らを不可避の対象としながら、自己を縮減しつつ反復しようとしたのだった。
予期することのできなかった自己の完遂は世界表象の終わりをもたらした。そしてその代補として求められる他なかったのが、世界の自己言及だったのだ。表象を求めようとする欲望は、こうして期せずして自己言及にたどり着いてしまう。それは言わば、内的な他者を見つめようとする欲望の形式なのだ、と言ってよい。都市博覧会の代償として東京の各地で散在しながら行なわれた大小のイヴェントは、それ自体都市的な活動の自己言及そのものだった。ここで、1940年に東京湾岸で行なわれるはずだった東京万国博覧会という未完のプロジェクトを重ね合わせて、世界都市博覧会は半世紀前の自己を換骨奪胎しながら強迫反復しようとしていたのだと言うことも可能だろう。また、コンピュータ・ネットワークの中で行なわれたインターネット・ワールド・エキスポジション'96は、博覧会という刻印をどこに残すこともなく開かれたのだが、そこでは非在化した個的な関係を通して世界が自己言及的になぞり直されたのだった。
だが、こうしたこと以上に重要なのは、この自己言及という形式の持つ社会的な現在性である。それは単に表象の代替(次項)として差異顕示的に現象しているのではない。それはスペクタクル空間の現在的な特質であるばかりでなく、メディア・テクノロジーの最も先鋭的な問題構制による帰結であると同時に予見である。なぜなら、メディア・テクノロジーこそが何よりもまず自己言及的だからである。
Ⅳ
1990年代におけるテクノロジーの社会的特質を簡潔に語るとするならば、コンピュータの普及をおいて他にないだろう。これをメディア・テクノロジーの文脈で理解するとき、これほど多くの事が語られたメディアは他になかったと言っていい。それは、それ自身について、それ自身の中で多くのことが語られている道具のための道具、メディアのためのメディアである。あるいは、それ自身を自己目的的に語ることにおいてのみ成立している、自己原因的なメディアですらある。マクルーハンにならってメディアはメッセージである、という記述をこうした現実に重ね合わせようとするのであれば、われわれは、メディアはメディアのためのメッセージである、という修正記述を要請しなくてはならないだろう。そこでは何かが無限にプールされ続けている、と言うしかない。その何かを、例えばわれわれは仮に「情報」と呼んでいる。
こうした認識の前提として、メディアの総形が目標としている(と共同的に了解されている)ものを、われわれはさしあたり次の二つに要約することが出来るはずである。
1:完全グラフ-ネットワークの完全個的対応の実現。ノードの全連結化。
2:完全交通-多次元コミュニケーションの豊富化。マルチメディアの拡大。
あらゆる他者との全的な交通を望むこうした目標の最終形は、言うまでもなくメディアの消滅という逆説的な事態である。それは本来、ある環境を支える道具でしかないはずであり、その存在そのものは否定的にしか受け取れないはずだからである。ダウンサイジングという流れは、そうした認識を追認していると言ってよい。こうした最終形の意味するところは、メディア(媒介)というバイアスを消失させた透明共同体の実現であり、それをユートピアとして誤読しようとする欲望が、多くの無防備な言表を支えてきている。
だが、メディアの現在は、そうした欲望を意図することのないままに逆立させようとしているのだ。メディアは、それが不純であることにおいてのみ自らを遂行し得るからである。そこでは主体SおよびメディアMが次のような形で相互に関係している。
a:[S⇆M]
主体はここで、メディアに何がしかの自己を送り返されている。このとき、メディアは世界をのぞき込む「窓」というよりも、自己を繰り延べする「鏡」として現象してしまっている。ここで、J・ラカンの鏡像段階論が思い起こされてよいだろう。ラカンは鏡像という他者のイマージュを通して見出される自己について、次のように言っている。「鏡を介して、鏡を通して通過してくる現実的な対象は、想像的対象と同じ場所にあるのです[★01]★01」。
ここに自己言及の核心が出来しているのだ。ここではメディア・テクノロジーを媒介として他者との交通が意思されているというより、他者との交通を媒介とした自己言及の新たな形式が準備された、というべきである。大澤真幸はそのメディア論の中でメディアそのものに他者を見出し、自己こそが他者なのだ、と語っているが、そうした思考を参照しつつ言い換えれば、他者こそがまさに自己なのだ、と言うことも可能である[★02]★02。なぜなら、ここではメディアを通して他者が自己化されされてしまっているからである。こうした関係を取り外してメディアの字義的な定義に遡行してみるとき、その目的が、主体の他者に対する、ある事象の伝達にあるのだとすれば、主体S、メディアM、他者Oの関係は本来次のように記述されるはずである。
b:[S⇆M⇆O]
しかし、われわれはこのbを、aに即して次のように記述し直さなければならないだろう。
c:[S⇆M]→O
このcは、メディアを通して「自己」という他者が無限循環的に備給される様態を示している。また、すぐにわかるようにこのcは、商品と貨幣の交換過程を縮約した、マルクスのW(商品)-G(貨幣)-W(商品)という図式の不全形態をそのままトレースしている。商品においては、それが交換価値に依拠した「命がけの飛躍」を行なうことで貨幣に転化することになる。しかし、ここでは主体が、メディア・テクノロジーを通した「命がけの飛躍」に失敗することで自己言及の形式aが生み出されているのだ。このとき、メディアは他者と接続する道具であることを越えて、「他者」として屹立する「自己」と対話する鏡を出現させているのである。そこで定位されている他者とは、例えばE・レヴィナスが危機的な眼差しで描出していたような、何ものにも還元され得ない他者の他者性といった水準とは根本的に異なったものとして立ち現われている。それはそうした他者性を脱色しつくした、自己の運動源としての「他者」なのである。
こうして自己言及の形式を準備する現在のメディアは、その本来の機能をはるかにはみ出して、それ自身の存在性を強く表現している。こうした事態は、メディアをある道具としてでなく、それ自身として取り扱おうとするとき、最も純化した形で出現することになるだろう。新しいメディアの先端は、そうした水位に着床し始めている。そのような光景を、われわれはすでにあらゆる場所で見取ってきている。
Ⅴ
世界を構成する諸部分との、十全な対応を求めるような表象の時代はこうして終わりを告げようとしている。スペクタクル空間の現在は、そのことを否応なく表出してしまっている。世界はもはや、超越的な視座から縮約されようとはしない。そうした欲望は絶えず失墜し、替わりに世界は、その回避不能な自己言及の欲望によって自己を幾度もなぞり直すことになるだろう。ここではわれわれは、世界を外在的に記述することは出来ない。メディア・テクノロジーの全体は、視線の外部をわれわれに向かって折り返している。世界に接続しようと希求すればするほど、世界はいよいよ困難に遠ざかっていく。
この総景は、われわれの未来を空間の消失へと導くのだろうか?
Ⅵ
ウィリアム・ミッチェルは、1990年代初めのコロンビア大学における事例を取り上げて、電子テクノロジーの浸透によってやがて建築空間が必要とされなくなっていくだろうと語っている[★03]★03。そこでは最初に計画されていた総工事費20億ドルの図書館増築計画が取り止められ、替わりにスーパーコンピュータを購入し、既存の書物を年間1万冊スキャンしてデータとして蓄える計画が立てられている。彼はこうした事例を引きながら、都市・建築が電子的な存在へと変換されていく状況をビルディング・タイプ別に詳細に論じる。広場は電子アゴラに、書庫はサーバーに、ギャラリーはヴァーチュアル・ミュージアムに、病院はネットワーク医療に、刑務所は電子監視プログラムに置き換えられ、すべての空間が新しいメディア・テクノロジーによって代替される可能性を示唆している。
こうした事例の全体は、確かにわれわれを具体的な都市・建築から遠ざけていくように見える。しかし、われわれはこれら非在化した電子環境の所在をいかなる形で思念するだろうか、と自問してみるならば、テクノロジーの変容に伴って、逆にリアルな都市・建築こそがますます強くのぞまれているのだということに気付かないわけにはいかない。ホームページ、ワークステーション、メール・アドレスといった電子環境を指示するターミノロジーが、ことごとく現実の都市・建築をレファレンスとしている、という事実を持ち出すまでもない。メディア・テクノロジーが生み出しつつある新しい環境世界は、リアルな都市・建築それ自体を常に構成の根拠とすることにおいて成り立っているのである。
都市・建築こそがメタファーの根源なのだ。さらに言えば、空間こそがメタファーの根源なのである。新しいメディア・テクノロジーは、その空間を自己言及的に踏破しつつ複層的になぞり直しているに過ぎない。それはすでに形式化された構成体に、新しいレイヤーを書き加えることに似ている(その差異を、われわれはミース・ファン・デル・ローエによって物象化された均質空間と、それを電子的に武装させたポンピドゥー・センターにおけるオープン・スペースの差異として了解することが出来る)。だから、その形式的な手続きとして、新しいメディア・テクノロジーはどこまでも空間を外化・消失させることはない。逆にそれは、その参照源としての都市・建築空間を、ますます強く要請することになるだろう。そのために、空間こそが再び新しく問い直されなくてはならないのだが、その問いの先端に浮かび上がるのはすでに空間の外化・消失という予見の測定ではなく、国民国家という問題系の消失・変容であるだろう。
Ⅶ
国民国家という「想像の共同体」の成立をめぐって、ベネディクト・アンダーソンは新聞・小説に代表される印刷技術とコミュニケーション技術がその重要な契機となっていることを指摘している[★04]★04。新聞という一日だけのベストセラーが、ある特定の日時に無数の人々によって同時的に読了され、匿名の共同体への帰属を確信させるに至る沈黙のマス・セレモニーを構成するからである。
こうした指摘の多くから、われわれは国民国家という恐ろしく強固な虚構がメディア・テクノロジーという与件において成立したものであることを見取ることになるだろう。しかし、それと同時に20世紀末のわれわれは、メディア・テクノロジーこそが国民国家という虚構を脱力させる可能性を保有しているという事態にも立ち会っている。例えばそれは、よく言われるように国境という制度線を今後次々と無効化し続けて行くだろう。そうした両極を鑑みるとき、われわれはメディア・テクノロジーを介して国民国家の解体を予測する言辞を、次のように言い換えざるを得ない。国民国家という虚構は、自らを生み出した当のものによってつき崩れようとしているのだ、と。それはテクノロジーの自己言及的(自己原因的)な問題系なのだ。だからそこに、倫理的(対他闘争的)な眼差しを重ね合わせることには根本的な誤謬があると言うより他ない。新しいメディア・テクノロジーを、倫理の水位を押し上げる特権的な道具として読み込むことなどむろん出来ない。当たり前のことだが、新しいテクノロジーは常に、システムを解体しようとする側にもそれを拘束しようとする側にも同じ強度で立ち上がっているからである。だからそれは、例えば権力といった問題構制に対して正しく両義的に機能する。そうした試行とは無縁なところで、メディア・テクノロジーがある閾値を越えたときに国民国家は自らの手で減衰していくだろう。言い換えれば、メディア・テクノロジーのある特定の閾域においてのみ、国民国家という観念が成立し得ていたのである(その閾域の始まりと終わりを、ここでは新聞とパーソナル・コンピュータとして翻訳することができる。その差異こそが国民国家のテクノロジカルな圏域である)。
そうした閾域が、ようやく踏み抜かれようとしているのだというシンボリックな出来事を、われわれは21世紀が始まったばかりのスペクタクル空間の中で間近に見出すことになるだろう。今や世界で最も大きな影響力を持つに至った第17回サッカー世界選手権(ワールド・カップ)が、2002年に日本と韓国で共同開催される。スポーツが国民国家の代替戦争であると同時に国家の集約であることを前提とするならば、それまで疑われることのなかった国家単位のスペクタクルが初めて自己分裂的に同時存在するというこの事態を、われわれは国民国家の変容(減衰)として読みとることに何のためらいも覚えないだろう。
そしてその先、時代はどのような変容を準備するのだろうか。
その可能性を空間的な位相から予見的に語るとするならば、電子テクノロジーが駆動させるセルフ・リファレンシャルな動力に対し、差異連続的なものが要請されることになるだろう。それは構造化された離散的な系としてのコンピュータ・ネットワークが取りこぼし続けているものを、やがて改めて読み込む手続きに接続されるはずである。
(南泰裕 みなみ・やすひろ 建築家)
★01 Jacques Lacan, Le Seminaire, Livre I, 1975. ジャック・ラカン『フロイトの技法論(上)』(小出浩之他訳)岩波書店、1991.★02 大澤真幸『電子メディア論』新曜社、1995年.★03 William J. Mitchell, City of Bits, MIT Press, 1995. ウイリアム・ミッチェル『シティ・オブ・ビット』(掛井秀一他訳)彰国社、1996年.★04 Benedict Anderson, Imagined Communities, Verso, 1983.ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』(白石隆他訳)リブロポート、1987年.