IC20-28

機械仕掛けのピアノのための嬉遊曲

坂本龍一&岩井俊雄の実験

[掲載日:]

坂本龍一は、1996年半ばはピアノ・トリオによる世界ツアー、97年初頭はオーケストラによる日本ツアーを行なって、きわめて旺盛な活動ぶりを示しているが、その合間の96年12月16日に水戸芸術館で行なわれた岩井俊雄とのコラボレーションは、小規模ながら新しい可能性を秘めた、実に興味深い実験だった。

基本的な仕掛けは、岩井俊雄によって映像スクリーンと連動させられたMIDIピアノを坂本龍一が弾くというものだ。その原型となる岩井俊雄の《映像装置としてのピアノ》については本誌16号ですでに紹介したが、あらためて簡単に説明しておこう。ピアノをMIDIによってコンピュータとつないでおけば、ピアノを弾くことでコンピュータに信号を送ることもできるし、コンピュータからの信号でピアノを弾くこともできる。その信号からリアル・タイムで映像を生成することによって、キーを叩くとそこから光の点が立ち上がるとか、逆に光の点が落ちてくるとその真下のキーが鳴るとかいったイリュージョンを生み出すことができるというわけだ。音楽が映像を奏で、映像が音楽を奏でる。文字通り〈Music plays images, images play music〉と銘打った水戸でのパフォーマンスは、この単純な仕掛けを魔術師のように変幻自在に使いこなしてみせる、きわめて意欲的な試みだった。

機械仕掛けのピアノのための嬉遊曲の画像
坂本龍一(左)、岩井俊雄(右)

たとえば、最初、坂本龍一が《美貌の青空》や《シェルタリング・スカイ》をはじめとするソロを披露する場面では、ピアノがあくまでも深く美しい響きを奏でると同時に、青いスクリーンに白い虹のような形が立ち上がって音楽を彩ってゆく。前回は、《映像装置としてのピアノ》の元のヴァージョンについて、映像の形と色がややチープだと指摘したのだが、今回は、形と色彩をミニマルなものに絞ることで、その難点は見事に克服されていた。また、坂本龍一が岩井俊雄と《オトッキー》の拡大版のようなゲームをプレイする場面[★01]★01では、スクリーン上のグリッドにふたりが点を置いていくたびに、それに対応するピアノのキーが鳴り、次第次第に騒がしくも愉快な音と映像のスペクタクルへと発展してゆく。ここでは、あくまでも軽くプレイフルなコンピュータ・ゲームの感覚が最大限に発揮されるとともに、それがグランド・ピアノという重い伝統的な楽器と組み合わされることで、かつてない迫力を生み出していた。いずれにせよ、この両極を通じて言えることは、音と映像の関係が多様でありながら常に明確であること、その中で深みのある音楽と軽やかな映像とが幸福な出会いを遂げていたということである。その意味で、タイトルに掲げられた狙いは十二分に実現されたと言ってよい。

他にも、さまざまな興味深い実験が試みられた。たとえば、坂本龍一のジェスチュアをヴィデオ・カメラで撮影し、ドットの群れに置き換えてスクリーンに表示するとともに、対応するキーを鳴らすという場面[★02]★02[★03]★03では、ちょっとした体の動きによって、10本の指ではとても考えられない大量の音を急速にプレイすることで、圧倒的なダイナミズムを感じさせる。実際、こういう場面でMIDIピアノの発揮する威力を見ていると、クセナキスやリゲティらの難曲に必死で取り組んできたピアニストの努力とは何だったのか、という感慨を抱かざるをえない。かと思うと、ピアノのキーに1から88までのナンバーを割り振り、インターネットでこのパフォーマンスを見ている聴衆が信号を送って好きなキーを叩けるようにするという場面[★04]★04では、坂本龍一が指定したキーがさみだれ式に叩かれたり、坂本龍一が遠隔操作でアト・ランダムに鳴るピアノとその場で「共演」したり、といったユーモラスな遊びが展開される。もとより、まだプリミティヴを段階のものではあるが、それは、ネットワーク時代の新しいパフォーマンスの形を予感させる興味深い試みだった。

もちろん、すべてがうまくいったわけではない。坂本龍一が左のピアノを弾くと、そこから立ち上がった光の点がアーチを描いて右のピアノに到達した時点で右のピアノが鳴るという場面では、あまりにも音の数が多すぎたためにコンピュータが途中でダウンするというアクシデントもあった(もっとも、アーチの最後の部分が途切れただけで、パフォーマンスそのものが中断されたわけではない)。だが、それは、坂本龍一がこの実験にいかに熱中していたかを物語るエピソードと言うべきではないか。いずれにせよ、コンピュータの能力が上がれば、もっと複雑なパフォーマンスもやすやすと実現できることになるだろう。問題は、そこでコンピュータに何をやらせるかということだ。坂本龍一と岩井俊雄は、単純明快な理論を貫き通すことによって、それにひとつの説得力のある答えを与えてみせたのだった。

スクリャービンをはじめとして、「色彩鍵盤」のようなもので音に光の効果を加えようとした人たちが、過去に何人かいる。彼らの夢は、今や、音楽と映像の開かれた相互作用というまったく違った形で実現されようとしているのだ。21世紀に向けてそのような可能性を示す坂本龍一と岩井俊雄のパフォーマンス、ニューヨークで開かれてもロンドンで開かれてもおかしくなかったパフォーマンスを今のところただ一度だけ目撃することのできた水戸の聴衆は、たいへんな幸運に恵まれたと言うべきだろう。

*現代音楽を楽しもう──ⅩⅡ 坂本龍一×岩井俊雄MUSIC PLAYS IMAGES×IMAGES PLAY MUSIC(企画:池辺晋一郎)は、1996年12月16日、水戸の水戸芸術館ACM劇場にて行なわれた

(あさだあきら・社会思想史)

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