IC14-37

社会人教育という制度

[掲載日:]

今年の4月から、職場を変えた。3月までの勤務先であった東京大学先端科学技術研究センターという機関には、後期課程のみの大学院が設置されていた。正確に言えば、学内の共同利用の研究機関である当センターには、独力で大学院課程を設ける資格がない。これも、実は奇妙な話で、大学院制度の泣き所の一つなのだが、そのことは、ここでは立ち入らない。いずれにせよ現行法では、独自の大学院課程は持てないので、工学系の大学院に所属する一つの専攻課程として造られたもので、実質上は先端科学技術研究センターのスタッフが、責任を負うという形式のものだった。

さて、「先端学際工学」と名付けられたこの大学院は、普通の理科系の大学院とは異なる点を幾つか備えている。もちろんいずれも、意図した上でのことである。その一つは、後期課程のみ、という点である。日本の現行の制度では、大学院は前期課程としての修士課程(原則として2年)と後期課程としての博士課程(原則として3年)から成っているが、通常この二つの課程は連続するものとして扱われる。一部の大学院のように、前期課程と後期課程の区別をしないで、5年間の「博士課程」という理解の下で運営されるものもあるほどである。特に理工系では、学部の段階から研究室制度が行なわれていて、教養課程が有名無実の事態にある今日、ややもすると学生は学部時代から、修士、博士の課程に到るまで10年近くを、同じ研究室に属したまま過ごすということになりかねない。教師、先輩、同僚、後輩と、そこでも多少の新陳代謝はあるものの、同じ課題、同じ設備、同じ空気、同じ人間関係のなかで、一人の研究者が育てられる、ということになる。

この弊害を避けるために、学部から修士課程に入る際に、同じ研究室を選べないように工夫をしているところもあると聞くが、必ずしも一般的な習慣ではない。これは、こじつけ気味に聞こえるかもしれないが、大学内における「交通」の問題である。というよりは「交通の否定」である。

そこで先端学際工学は修士課程を持たないことにしたのである。もともと学部学生も持っていない組織なので、それが可能になっているという条件は否定できないが、先端学際工学専攻に進学しようとする応募者は、言わばどのような修士課程を経てきてもよいということになり、逆に言えば、彼らはこれまで大学のなかで歩んできた進路を変更することを要求されていることになる。少なくとも大学のなかでの「エスカレート・コース」のままに動くことから外れなければならない。

しかし、この要求は、ともすれば同一の研究環境のなかで、視点を固着させがちな研究者の卵たちにとっては、小さいながら、知的冒険に類することであり、実際、そこに起こるかもしれない不安定さを嫌って、大部分の学生は、修士課程と同じ専攻の、しかも同じ研究室において、博士課程を過ごす方を選ぶのである。いわゆる「ポス・ドク」の段階(博士の学位を取った後、決まった地位に付くまでの間の時代)で「武者修行」と称して、しばらくの間自分の育った研究環境とは違った「他人の飯」を喰べに出ることはあっても、優秀な学生ほど、大学は手元に置きたがるために、学部から大学院を通じ、さらには、教職に就いてからも、同じ研究環境にい続けるということさえ稀ではない。この「セルフ・ブリーディング」(自己繁殖)制度は、日本において、大学のなかの「交通」と、大学の間の「交通」の双方を極度に阻害する要因となっている。

先端学際工学専攻の試みは、こうした点に対するささやかな改善策であることが判っていただけよう。

もう一つ通常の理工系の大学院と異なった点は、その収容人員の半数を「在職者」に当てていることである。社会科学系では、すでに幾つかの私立大学で、社会人のために大学院を開いてきた例があり、昨今では文部省も、少子化の将来、大学生人口の減少を見越して、大学における社会人教育、生涯教育、リカレント、あるいはリフレッシュメントなどの掛け声の下で、大学や大学院を、社会人に開放することを奨励している。理工系では、企業などにいる研究者たちが、学位を取ろうとする場合には、いわゆる「論文博士」という制度を利用する例が多く、また大企業は、アメリカなどの大学に研究者を送って、そこで学位を取らせる、ということも行なってきた。その上、理工系の場合は、どうしても研究室に所属して終日実験に従事することが求められ、社会人にとって、職場以外にそれだけの拘束時間を作り出すことが実際上困難である、という事情もあった。したがって、理工系では、大学院を社会人に開放する必然性は、大学の側にも、また社会人の側にも、それほど大きくはなかったと言うべきかもしれない。

しかし、一つにはアメリカの世情が世知辛くなり、日本の企業から大学院留学生を受け入れるに当たって高額の「持参金」を要求する傾向が強くなったという、まことに実際的な事情もあり、また本質的な面から考えても、先端的研究・開発のなかには大学でのみ行なわれている領域や課題もないわけではなく、さらには、旧来の学問領域の縄張り設定からはみ出さなければならないような「学際的」な領域も多く出現してきており、企業などにいる研究者たちのために、大学が先端的で高度の教育・研究の場を提供することに、潜在的な需要が存在する、という判断があった。それが、先端学際工学専攻課程が、在職者に門戸を開いた理由である。

だが、現実は決して容易ではない。アメリカの大学には1年や2年なら、ある程度「持参金」を付けてでも、学位取得のために研究者を派遣することを躇わない企業も、社員が日本の大学院に行きたい、という希望を出しても、なかなか認めてはくれない。日本の企業内では、博士の学位は特別に評価の対象にならないし、国内だけであれば、自分の社員が学位を持っていようがいまいが、およそ頓着しないというのが通例である。企業内研究者の学位が問題になるのは、外国の企業との提携などで、協力プロジェクトが生まれたりしたときに、先方のパートナーたちの大部分が学位を持っているのに、当方は学位のある人がほとんどいない、といった状況においてである。ことにバブルの崩壊以後、「リストラ」だ、「レイオフ」だといった企業内の締め付けのなかで、先端学際工学に在籍する社会人の博士予備群たちは、一様に苦しい状況のなかにいる。企業には、長い目で事態を眺めることが切望されるが、ここで書きたいことは、その点ではない。

こうした試みの中で生まれてきた、幾つかの「発見」が大切だと思う。上の試みは、大学のなかでの「交通」、大学の間での「交通」、そしてさらには大学と企業などの機関との間の「交通」という、三つのレヴェルでの「交通」の改善を目指すものである。そして、すでにそうした「交通」の活性化は、種々の「発見」をもたらしているのである。

その一つは、学生層の「ヘテロ化」という新しい要素である。大体今の大学は、偏差値できれいに輪切りになった学生たちの集合体である。育った環境も大体同じ、受けた教育の年月も、その内容も、すべてが同じである。何が判らなくて、何が判っているのか、教える側にすべて判っているという状態が普通である。ところが、年齢も経験も過去の教育もまちまちな学生(院生)を相手にしたとき「教える」という行為が、全く新鮮な新しいものとして浮かび上がってくる。学生たちも、仲間の異質性から得るものは大きいらしい。ここには豊かな「他者との出逢い」がある。どうやら、こんなところでも「交通」は「発見」を生むのである。

(むらかみよういちろう・科学史)

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