IC12-22
発見の矛盾
[掲載日:]
「セレンディピティ」という言葉がある。英語でserendipityと綴る。H・ウォルポールの小説の表題The Three Princes of Serendipから採られたこの語は、「掘り出し上手」などと訳されている。この小説の三人の主人公は、それぞれ、予想もしていなかった宝を偶然に探し当てる、というところに由来するらしい。
実際、何か大切なことがらを発見する、という営みは、どこかで偶然の要素を免れないのが普通である。ケクレが夢を見て六員環を思いついたという話はあまりにも有名だが、ケクレの場合のように、日夜問題を考え続けていても、これと思われる回答に出逢うには、夢という、ある意味では偶然のきっかけを掴まえなければならなかったのである。
しかし「答え」を探すという行為が、こうした偶然に左右されているという背後には、やはり問題を設定し、その設定された問題について、考え続けるということが必要であるようにも思われる。最終的に探し当てられた「答え」が、設定された問題についての「正しい」答えではなく、むしろその問題を別の問題に設定換えをしたり、その意味を取り違えることを要求するような場合があることを認めた上でも、全く偶然に、全く何の予期もしなかった問題の答えに、突然晴天の霹靂の如くに出逢う、というのは、有り得ないことではなかろうか。
卑近な例を持ち出そう。自慢ではないが、私は、机周りの書類や書籍、原稿や論文の山の中から、目当てのものを、必要な時に、一発で探し当てられたためしがない。必要な書類や書物は、いま私がそれを必要としていると知って、故意に自ら身を隠すかのようですらある。そして、それを探して、山を崩していると、意地悪くも、数日あるいは数週間前に探しぬいた挙げ句に、結局あきらめたものが、そ知らぬ顔で目の前に現われている、というようなことになる。それが手に触れて、おや、と考える。確かに過日この山を探して崩してみた、そのとき、こやつは一体どこにいたのか、と。何なら、このような不始末は私だけのことにしておいてもよいが、「探す」という意図や熱意が、却って探し当てることを阻むことさえある、と言うべきか、むしろ阻む、と言い切ってよいような事態に、しばしば巡り合う。
しかし、いま探しているものが見つからず、いま探していないものが見つかるときでさえ、かつてそれを探したという記憶と自覚ぬきには、それは見つからないであろう、と言い切ることはできる。言い換えれば、人が何かを探し当てるためには、如何なる場合でも人は探し当てるべき何かについて、予め知識(それが正確にそれについての知識である必要はない)を持っており、その知識に関してある程度の自覚的な反省をも持っていることが要求されるように見える。このことは、発見されるべきものが「新しい」知識を提供するものであり、また発見者にとって「未知」のもの、つまりは「未だ知らざる」ものであることと一見矛盾する。未知のものを見つけだすがゆえに、それは「発見」と呼ばれ、また人は「発見者」に栄誉を与えようとする。
例えばメンデルの法則の発見者としてのメンデルに与えられた栄誉は、それを世界で最初に探し当てたがゆえのものである。しかし、実は、メンデルの法則をメンデルに気づかせたと言われるデータは、予め用意されたものであったし、そうだとすれば予めそのデータを用意した人物こそ、メンデルの法則の発見者であったと言ってもよいはずである。
とりわけ現在の科学研究の多くの場合がそうであるように、大がかりな実験装置や設備が必須で、また、そうした設備や装置を動かし、そこから、「データ」を得ることについて、極めて広汎な背景的知識と技術が要求される研究においては、「データ」そのものがそうした背景的知識のすべてを背負って存在しているという意味では、「データ」という言葉の原義、つまり「所与」とは程遠い内容になっており、そこに「発見」されるものは、件の背景的知識から十分に予想でき、予期できるものである。
その点を考慮すれば、「セレンディピティ」とは、実は、当該の領域において、必要とされる背景的知識や技術を豊富に持ち合わせている、ということと、ほとんど同義にさえなるであろう。またこうした状況における「発見」とは、その語が示唆しがちな「新奇性」を持たず、むしろ、「確実性」あるいは「確認性」という性格を強く帯びてくることに気づかねばなるまい。
かつてポパーを好例として、人は科学的な発見を論ずるに当たって、発見の文脈と合理化の文脈とを区別しようとした。何かを発見するという場合に、その発見が今日の科学的な背景的知識からの合理づけとは全く違った文脈のなかで、あるいは違った背景的知識からの合理づけに基づいて、行なわれたとして、その発見が「科学的に正当」である限りは、今日の科学を背景的知識とした合理化が可能である、という議論がそれである。例えば、コペルニクスの「地動説」は、今日の科学に照らせば全く異質、あるいは「非科学的」な根拠づけによって発見されたとしても、その「地動説」は、今日の科学の背景となる知識のなかに合理的に根拠づけが可能であるがゆえに、コペルニクス説は、われわれの科学の歴史的一部をなすものと考えてよいことになる。
この議論の眼目は、過去の歴史的な「発見」のなかで、今日の科学から見て、救えるものを最大限救い出そうとする努力であり、その目的そのものは、理解可能であるとしても、しかし、理論としては破綻していることは、今日ではほとんど自明になってしまっている。と言うのも、現在の科学研究における「発見」は、先にも書いたように、およそ、今日の発見の文脈を無視しては語れず、今日の科学の各分野における背景的知識と分離不可能になっており、言い換えれば、「発見の論理」と「科学的合理化の論理」とを分けようとする手続きを、今日の科学が反証するという、奇妙な皮肉が生じているからである。
しかし、問題はまさにその先にある。即ち、コペルニクスの地動説が、コペルニクスの生きていた理論的環境を背景的知識として、そのなかである程度予期され予測される「発見」であったとして、さらに、「地動説」が現代の科学の理論的環境の一部を背景的知識として、そのなかで十分に合理化できるものであるとして、さらに、そうであるがゆえに、コペルニクスの「地動説」と、現代の科学における「地動説」とが決して同じものではないことを認めたとして、一体では、そこで比較され、似ているとか同じでないとか言われている「地動説」なるものは、どういう背景的知識のなかに説明され予期され期待されるものであると言えばよいのか。
その問いを立てたときに初めて人は、知識のダイナミズムに向かって開かれる。われわれは、確かに「発見」を背景的知識の延長として捉える。あるいはそれ以外に捉えようがないことを知っている。にもかかわらず、人は、複数の背景的知識の間を移動する可能性を持ち合わせている。この移動の可能性こそ、実は「発見」を支えている、もうひとつの、そしてより本質的な柱である。何故なら、このダイナミズムを前提にする限り、「発見」は上からの定義をそのまま受け継ぎつつも、もうひとつの姿をわれわれに見せるからである。それは、新しい背景的知識への移動によってもたらされる「発見」である。ひとつの、一見「同じ」に見えることを、別の文脈、別の背景的知識のなかに置き換えることによって生まれてくる「新しさ」、「新奇性」を備えた「発見」である。こうして発見の矛盾と見えたものは、少なくとも暫定的には解消されると考えられる。
(むらかみよういちろう・科学史)