IC44-16

音楽の起源と小鳥の歌

生物音響学のアプローチ

[掲載日:]

[掲載日:2003年7月1日]

そもそも小鳥の「歌」という表現自体がアナロジカルなのである。すこし丁寧に言うと、小鳥の発声には単音節で特定の状況で発せられる「地鳴き」と、複数音節で縄張り防衛や求愛のときに発せられる「さえずり」とがあり、さえずりは人の耳にもメロディアスに聞こえるので、「歌」と呼ばれるのである。ヒトは昔から小鳥の歌を意識してきた。小鳥の歌がヒトにも美しく思えることが、共通の美意識の存在を示すものとして議論されたこともある。

私は最近、ジュウシマツの歌からある種の文法規則を抽出した。このことをもとに、いろいろなところで「小鳥の歌は、言語の進化を知るために格好の題材である」といった意味のことを書いている(岡ノ谷、2001など)。しかしこの言明には本当はもう一ステップある。小鳥の歌と言語の間にあるのは、音楽なのだ。この稿では、いつもは省略しているステップである音楽を交えて、いつもより少し自由に考えてみたい。

メカニズムの共通点

どこが似ているか

ヒトの言語と小鳥の歌には多くの共通点がある。どちらも、(1)呼吸と発音(声帯または鳴管)と構音(気道、口腔、舌、唇またはクチバシ)の三つの独立した神経システムの緻密な協調を必要とした行動である。どちらも、(2)臨界期のある学習行動であり、特定の時期を逃すと著しく学習が困難になる。どちらも、(3)大脳の片半球に局在した行動であり、優位半球の損傷で大きな障害を受ける(小西、1994)。

これらの共通点に加え、私たちの最近の研究により、ある種の鳥類では(4)文法構造をもった歌をうたうことがわかってきた。たとえばジュウシマツの歌は、要素音がいくつか組み合わさりチャンク(かたまり )を構成し、チャンクを有限状態文法に則ってうたうことでさまざまなフレーズが構成される[図1](岡ノ谷、2001)。


音楽の起源と小鳥の歌の画像
図1 ジュウシマツの歌文法
ジュウシマツの歌を録音し、フーリエ解析により縦軸に周波数、横軸に時間をもつソナグラムで表示する。同じ形態をもつ歌要素に同じ記号をふり、記号配列の統計的性質を分析して、かたまりで出てくる要素(ab, cde, fg)を探す。これらのかたまりどうしが、どのような順番で産出されると当該の歌が作られるかを考え、歌文法を抽出する。(作図:河村奨)


ここにあげた共通点は、ほとんどそのまま、音楽にもあてはまる。人の歌はほとんど鳥の歌との比較があてはまるし、楽器演奏についても、(1)なんらかのエネルギー源(呼気、指、腕の力)により発音源(リード、弦、皮)を振動させ共鳴させることで音を作り、(2)初期学習がものをいい、(3)大脳損傷によりさまざまな影響を受ける。また、(4)音楽が生成文法理論により記述されることもよく知られている(Lerdahl & Jackendoff, 1983)。

誤差修正のしくみ

鳥の歌と音楽には、こうした表層的な共通点以外に、具体的な中枢メカニズムの共通性が示唆されている。歌をうたう場合にも、楽器を演奏する場合にも、出そうとした音が出ない場合がある。自分の心に描く音が自由自在に出せることが、音楽が上手であるということである。これがどのような仕組みにより可能になるのかが、鳥類の歌システムをモデルに理解が進んでいる(Brainerd & Doupe, 2000)。

鳥の歌制御系においては、前運動皮質に相当するHVCから運動皮質であるRAへ、神経投射がある。RAからは舌下神経を経て、音声を作る器官である鳴管を制御する。歌の運動学習の過程で、HVCからRAへの投射が作られ、この様式が歌のパタ—ンを規定すると考えられている。HVCからは大脳基底核の神経核を含む迂回システムを経由して、大脳皮質のLMANという神経核から再びRAへと投射が作られる。このとき、LMANがRAの神経細胞へ作るシナプスと、HVCがRAの神経細胞に作るシナプスとが競合しあう。このことから、HVCからRAへの接続様式が、LMANからRAへの接続様式により変調され、理想的なHVC‐RA連絡が作られるのであろうと考えられている[図2]。


音楽の起源と小鳥の歌の画像
図2 音楽・鳥の歌・言語に共通する神経回路
三つのシステムすべてが、聴覚表象を作る部分、誤差修正をする部 分、音生成をする部分から構成されている。外部からの音、または自己の産出した音にもとづき、聴覚表象が作られ、運動前野と運動野の 接続様式を探索することで、聴覚表象に近い運動バターンを作ろうと する。運動パターンと聴覚表象の違いが大きい場合には、誤差修正 システムにより運動前野と運動野とのあらたな接続様式が探索される。


意図したパターンと実際に生成したパターンとの違いを計算し、誤差にもとづき次回のパタ—ンを修正してゆくという方法は、人間の楽器演奏や歌、小鳥の歌のみならず、多くの行動を身につけるうえで使われている方法である。鳥の歌においては、具体的に脳のどの部分でどのような計算をしているのかまでがわかりつつある。迂回システムが、意図したものと実際に生成したものとの誤差を計算して、誤差が少ない場合にはそのときのHVC‐RA連絡を保持し、誤差が大きいときにはこれを更新すると考えられる。

同様なシステムはヒトが言葉を話すときにも作動している。大脳基底核の病変によりパーキンソン病やハンチントン病が起こる。これらの疾病では、動作の不全のみならず、吃音などの発話障害が起こる。小鳥の大脳基底核を実験的に損傷すると、歌の特定の要素を繰り返す吃音様の症状が現われる(Kobayashi et al., 2001)。

ヒトが歌をうたったり楽器を練習しているときには、どのような仕組みで上達が起こるのだろうか。MIDI鍵盤を使って単純な楽譜を演奏させながら脳波をとった。5%の確率で打鍵したキーが半音狂った音を出すようにプログラムすると、そのときに特異的な脳波がとれることがわかった。この脳波は、意図した音と実際に出てきた音とのずれを反映している。ところがこの脳波は、幼少期に正式なピアノ・レッスンを受けた被験者に限り観察された。楽譜が読め、鍵盤を弾ける人でも、幼少期のレッスンを受けていない人ではこのような脳波は出てこなかった(片平ら、2002)。

失音楽症

聴覚・言語能力・学力は通常であり、通常の音楽教育を受けてきたにもかかわらず、非常に音楽が苦手であるという人々がいる。日常的な「音痴」レヴェルではなく、どのようなメロディも「ほんとうに」区別がつかない人々のことを「先天性失音楽症」という。

カナダで行なわれた研究(Ayotte, Peretz & Hyde, 2002)では、音楽に障害があることを自覚する100名以上の協力者のうち、22名が先天性失音楽症と判定され、うち11名について詳細なテストが行なわれた。これらのうち、正常な被験者との違いがもっとも大きかったのは、メロディ整合性テストである。6-15音からなる単純な、なじみ深いメロディを用意し、その中の一音を半音上げたり下げたりして、それに気がつくかどうかを調べた。

読者は実際にそのようなメロディを作り、試してみるとよい。よく知ったメロディの構成音の一つが半音違うだけで、私たちは非常な違和感をもつ。通常人が平均80%以上正解だったのに比べ、失音楽症であるとされた被験者では平均20%の正答にすぎなかった。いっぽう、リズムの一部を変えた場合には、こうした差はつかなかった。この結果から著者たちは、先天性失音楽症とされた被験者には、大脳聴覚野の異常があるのであろうと示唆している。これらの被験者は、言語能力にまったく問題がなかった。

音楽能力に必要な聴覚弁別能力は、西洋音階においては半音である。半音とは、比率でいうとオクターヴの12分の1にすぎない。これに対し、言語を可能にする聴覚弁別能力は、フォルマントどうしの関係がわかればよい。これは、音程でいうと1オクターヴを超える。したがって、言語と音楽はともに聴覚弁別能力を必要とするが、音楽に対する要請のほうがより高度なのである。

失音楽症は日常生活に支障をきたさないがゆえに、科学的な研究の対象とならないでいた。唯一の例外は、音楽家における後天的な失音楽症である(岩田、2001)。《死んだ王女のためのパヴァーヌ》などで有名なラヴェルは、53歳のとき《ボレロ》を作曲したが、それ以前から脳貧血を訴えていた。57歳で字を書くことが困難になり、59歳以降、作曲をすることができなくなってしまった。主治医によると、彼は失語症にもかかっており、音楽の知覚は可能であったが、表出ができなくなってしまったということである。ラヴェル自身のあたまの中に音楽は聞こえるが、それを楽譜に表わすことができなくなってしまったという。ラヴェルの脳のどこに障害が現われたのかはわかっていないが、大脳萎縮症や脳血管障害ではないかとの見方がある。

いっぽう、失語症患者の多くが、音楽能力を損なわれずにいることも知られている。国内で行なわれた研究によると、24例の失語症患者のうち、21例は歌がうたえたそうである。失語症の病変部位が多くの場合左大脳半球であるのに対し、脳のいたるところの損傷により失音楽症が生じ得ることから、音楽と言語が共通の神経機構をもつことは確かだが、それぞれの能力に特有な部分ももちろん存在するということであろうか。

進化過程の共通点

小鳥の歌は、オスからメスへの求愛の信号である。求愛の信号には、個体の生存のための価値があるわけではない。歌は、性淘汰で進化してきた行動である。音楽とヒトの言語の基盤には、性淘汰を経て進化した能力があるのではないだろうか(Miller, 2000; Okanoya, 2002)。言語の起源に音楽があったとは、ジャン=ジャック・ルソーがずっと昔に唱えた説である(ルソー、1970)。しかしルソーは、進化の理論と脳生理学を知らなかった。現在われわれは、ルソーよりは説得力のある説を作らねばならない。

私たちは、ジュウシマツとその祖先種であるコシジロキンパラ[図3]を用いて、比較研究を重ねてきた。その結果、祖先種の歌は比較的単純であるが、家禽種の歌は複雑で文法構造をもつこと、祖先種のオスは単純な歌をうたうにもかかわらず、祖先種のメスは、単純な歌よりも家禽種のもつ複雑な遷移パターンを好むことがわかった(Okanoya, 2002)。


音楽の起源と小鳥の歌の画像
図3 コシジロキンバラとジュウシマツ
コシジロキンバラ(両端)は東南アジアに生息する野鳥。コシジロキンバラを原種として、240年にわたり家禽化されたのがジュウシマツである。(撮影:高橋美樹)


このことから、以下のシナリオが考えられる。野生のコシジロキンパラにおいて、歌の複雑さが個体の適応度を示す信号として進化し、メスの感覚系が文法構造をもった歌への好みを進化させていった。しかし、自然環境でのさまざまな制約(捕食圧や採餌効率)により、歌の複雑さは制限されていた。しかし、ペットとして飼われるようになりジュウシマツとなってからは、そのような制約がなくなり、より複雑な文法構造の進化が可能であった。

これを外挿し、思考実験をしてみよう。ヒトの言語の文法構造も、実は性淘汰により進化したと考えられるだろうか。ヒトの性的なディスプレイとしての何らかの行動が、性淘汰により複雑性を増し、その後自己家畜化によりその特性を強調し、そこで錬成された時系列生成システムが文法構造への前適応となったとしたら。こう考えると、文法の進化がすんなりと説明できる。言語の形式は、「意味とは関係のない性的ディスプレイ」として進化したのではないか。

さてここで、「意味とは関係のない性的ディスプレイ」が音楽であった、と考えてみよう。すなわち、ヒトはヒトになる前に歌詞のない歌をうたっていた。歌の複雑さが、その個体の生存力のよい指標となり、雌雄双方の選択により、より複雑な歌をうたえる神経機構が発達していったのではないか。歌をうたうために、大脳皮質と基底核をつなぐシステムがより複雑な時系列を産出できるよう特化していったのではないだろうか。

音楽能力は、性的魅力につながりやすい。ミック・ジャガーなど、どうしようもない顔をしているが、彼とセックスするために楽屋を訪れる女性が跡を絶たなかったという。宮本常一の『忘れられた日本人』を読むと、ほんの100年前の日本では、歌が上手であればセックスの機会が増えるということがあたりまえのこととして捉えられていたことがわかる。

小鳥の歌と言語をつなぐもの。それは音楽であった。そしてこの3つに共通するものが、性淘汰なのである。


参考文献
A Ayorre, J., Peretz, I. & Hvde, K., "Congential Amusia: a Group Study of Adults Afflicted wirh a Music-Specific Disorder, Brain, 125, 2002,pp.238-251.
Brainerd, M. S. and Doupe A. J., Auditory Feedback in Learning and Mainrenance of Vocal Behaviour, Nature Reviews, I, 2000, pp.31-40.
岩田誠『脳と音楽』メディカルレビュー社、2001。
片平健太郎、岡ノ谷一夫「楽器演奏時における聴覚フィードバックを用いたエラー制御」『日本音響学会聴覚研究会資料32』、2002、pp.247-252。
Kobayashi K., Uno, H., & Okanoya, K., "Partial Lesions in the Anterior Forebrain Pathway Affect Song Prodution in Adult Bengalese Finches, NeuroReport, 12, 2001, pp.353-358.
小西正一『小鳥はなぜ歌うのか』岩波新書、1994。
Lerdahl, F. Jackendoff, R., A Generative Theory of Tonal Music, Massachusett: MIT Press, 1983.
Miller, G., The Mating Mind, New York: Blockman, 200.[邦訳=ジェフリー・F・ミラー『恋人選びの心――性淘汰と人間性の進化』長谷川真理子訳、岩波書店、2002]
宮本常一『忘れられた日本人』未来社、1960/岩波文庫、1984。
岡ノ谷一夫『小鳥の歌から言語の起源へ』、『Wedge』2001年9月号。
Okanoya, K., "Sexual Selection as a Vehicle of Syntax," A. Wray (ed.),Transition to Language, Oxford: Oxford University Press, 2002, pp.46-63.
ルソー『言語起源論――旋律および音楽的模倣を論ず』小林善彦訳、現代思潮社、1970。

岡ノ谷一夫(おかのや・かずお)
1959年栃木県生まれ。神経行動学・生物音響学。
千葉大学文学部助教授・科学技術振興事業団研究者

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