IC13-18

インディペンデントなメディアなしには マルチカルチュラリティはありえない

「メディアと戦争」会議レポート

[掲載日:]

4月3日の午後,デン・ハーグにあるオランダ議会ビルの会議室で「メディアと戦争――ボスニア=へルツェゴヴィナにおけるインディペンデント・メディアを支援する(MEDIA & WAR, supporting the independent media in Bosnia-Hercegna)」と題された会議があることを聞いたのは,友人のヘアート・ロフィンクからだった.この会議は彼もアドヴァイザーとして名を連ねている「プレス・ナウ(Press Now)」の主催で行なわれた.

会議当日,議会のビルであるだけに入り口で守衛たちによって,名簿できっちり名前を確認されたうえで中に入っていく.古い建築と近代的なビルを重層的に組み合わせた採光のよい庁舎の中,会議室があるフロアのカフェや廊下にはすでに知った顔も何人か談笑しているのがわかった.『テクノカルチャー・マトリクス』(NTT出版,1994)の寄稿者でもあり,サラエヴォからの避難民である哲学者ネナード・フィッシャーとも再会を果たすことができたし,今年の「マルチメディアーレ4」に出品するテイベ・ファン・タイエン(Tjebbe van Tijen)の奥さん(やはりクロアチアからオランダに避難してきた)も早い時間から顔を見せていた.

「プレス・ナウ」は旧ユーゴスラヴィアにおけるインディペンデント・メディアの支援を経済面だけではなく,情報や世論の形成の面でも行なっている.こうした会議はその一環として位置づけられており,この日もボスニアから数人のジャーナリストが招かれて報告と議論をすることになっていた.何よりも定期的な議論を最低限,公の次元で繰り返すことで,傷だらけのヨーロッパへの「国際貢献」――むろん,こんな言葉は日本でしか通用しないが――を認め,こうした活動を援助するオランダ政府のあり方はそれなりに評価しうるものだろう.

インディペンデントなメディアなしにはマルチカルチュラリティはありえないの画像
(画像左)「プレス・ナウ」広報資料.「プレス・ナウ」の活動目的と方針,これまでの活動が整理されている.英語版は現在古いヴァージョンしかないが,この夏には最新版も出るという.
(画像右)通常,複合的な文化組織とカフェ機能を持つ「ドゥ・バリ」(「プレス・ナウ」のオフィスもこのなかにある)などに置かれている「プレス・ナウ」のニューズレター.最新のニュースと写真が満載だが,これはオランダ語版のみ.

会議の目的は,議題からも明らかなとおり,ボスニアにおけるインディペンデントな――つまり,国家や政党,民族主義に依存しない――メディアを支援し,多民族,多文化,社会の多形態状況の現在を分析するというものだった.マルチナショナル,マルチエスニック……といった日本ではしばしば気楽に使われてしまう言葉も,ここでは切実で緊迫した状況を批判する指標なのである.

議長の簡単な挨拶のあと,イゴール・ライナーが「多民族社会は消え去ろうとしているのか?」というこの日最初の報告を行なった.いつになく黒い上着など着込んだヘアートが,録音係としてテープレコーダーを抱えてせわしなく発表者のそばに行く.ヨーロッパでの会議にありがちなことだが,「記録」や「記憶」に関するスタンスは日本とは180度異なると言ってよい.カメラを使っているのは,たった一人の東洋人であるぼくともう一人の海外のプレスの人間だけだったし,ヘアートのボロボロの日本製のレコーダーだけがこの日の痕跡を残すテクノロジーだった.しかし,ここには確実に「記憶」と「対話」への意志が生成していたことは言うまでもない(会議ではむろんほぼ全員にとって外国語である英語が使われた).

ライナーは『ヴレロ』という新聞の元編集長だが,ボスニアのプレスの現在は多元的文化とマルチエスニシティ状況が危機に瀕しているという,まさに会議のテーマに即した方向で議論をすすめた.ボスニア政府が,メディアの自由,特にこの地に様々な文化と民族が混在,共存していることを前提に報道,議論する開放性に対立している現実を彼はとりあげる(このメディアの自由に対する対立はセルビア,クロアチアにおいても同じことだが).

しかし,この現実のなかでひとつのテレビ局と2つのラジオ局,ほぼ5つの新聞が活動を持続している(日刊紙『オスロボデーニュ』は特に有名だ).ライナーによれば,ボスニアにおける民族対立は一元的なものではなく,多民族状況を認めることは同時にこの対立の多元性を何らかのかたちで受け入れる必要がある.そのためには若いジャーナリストの育成と,特に第二世代におけるコンピュータ,自由ラジオなどの電子メディアの使用が欠かせないことが強調された.しかし,その一方,マフィアの横行と,新たなファシズムが急速に社会をむしばんでいる事実が,そうしたヴィジョンを打ち砕いていると彼は述べる.

次にボスニア・インディペンデント・ジャーナリスト組合の副代表であり,サラエヴォのメディア・センターのディレクターでもあるボロ・コンティックが,「ボスニアにおけるインディペンデント・ジャーナリズムへの挑戦と脅威」と題して発言に立つ.「ボスニアからのゲストはみんな中庸で,おとなしい奴が多い」とへアートから聞いていたが,彼はいささかシニカルな調子で,より「インディペンデント」なメディアの現状について報告する.

サラエヴォでは9つの自由ラジオと2つの自由テレビ,10以上の雑誌が活動を続けている.方向性はボスニア政府当局への批判の色が濃く,多分に皮肉まじりの言い方だが,ここではメディアのニュー・ファッション/ニュー・スピークが追求されていると彼は言う(『1984』などを想起せよ).

さらに彼はセルビアやクロアチアのように国家が戦争をプロパガンダしてきた社会ではテレビが王様だが,砲火にさらされるボスニアでは出力5キロワット程度のラジオと新聞の機動力が有効であるとして,よりこまかな支援と活動を要請する.ちなみに彼が籍をおくメディア・センターは,例の「ソロス財団」(本誌特集の拙稿参照)の予算によってインディペンデント・メディアの育成と支援に関わっている.

コーヒーブレイクをはさんで最後にサラエヴォの『ダニ』紙編集長セナード・ペカニンが「サラエヴォのメディア状況の現在と未来」という発表を行ない,ボスニア政府や様々な勢力によって,特定の党や利害に関連しないメディアには重大な技術的,経済的困難が課せられている現状を訴えた.

インディペンデントなメディアなしにはマルチカルチュラリティはありえないの画像
季刊誌『ヘルシンキ・モニター』「オランダ・ヘルシンキ・コミッティ(NHC)」と「ヘルシンキ国際人権同盟(IHF)」が発行する,ヨーロッパの社会,政治状況を考える論文集型の雑誌.この特別号では「プレス・ナウ」も加わって出版された.特集ではベオグラードの「ベオグラード・サークル」とザグレブの「エラスムス・ギルド」という,それぞれの知識人グループによる自国のメディア.社会状況が論じられている.今回の「メディアと戦争」会議では無料で配布されていた.

ディスカッションでは「なぜインディペンデント・メディアか?」という問いが繰り返し問題にされ,誰からともなく「インディペンデントなメディアなしにはマルチカルチュラリティはありえない」というラディカルな提起が生まれた.

この後も議論は錯綜したが,民族主義をプロパガンダするセルビアやクロアチアの政府はもとより,ボスニアの政府でさえ民族的マイノリティの情報を管理し,問題のイデオロギー化をはかっている状況下では,市民の手による多様な「インディペンデント・メディア」こそがデモクラシーのための最低の条件であるだろうという点で一致が見いだされた.

旧ユーゴに属していたいかなる政府も市民社会を再構築する責任があり,このためには自由メディアが必須であること,またさらに多様な支援,予算――たとえそれがソロスのような“投機の錬金術師”のものでも――が必要であること,この2点があらためて確認された.

夕刻,会議場の外の明るい廊下で催されたカクテル・パーティで,ぼくはネナードらと旧交をあたためながら,われわれができる「支援」が何かということ,そしてふだんぼくたちが使っている「マルチカルチュラリティ」,「インディペンデント・メディア」といった言葉に刻印された重みと軋爍をかみしめていた.この会議での論点は,実は全てわれわれの現在にこそ投げ返されるべきものなのだ.

上野俊哉

Recommend おすすめ記事